第10話 ユウイになるためのおまじない
姉ちゃんが持ってきてくれたワンピースはラベンダー色のフレアワンピースだった。普段は甘い印象のものが多いけれど、これはスッキリとしたデザインで今日の配信にはピッタリだった。
ウエストのところが絞られていて、女子が着たらきっと胸元が綺麗に出るのだと思う。けど、いくら華奢だといっても男の俺に胸があるわけではない。
「うん。こんな感じ、かな」
下着代わりにカップ付きタンクトップを着ると、俺の体型でもほんのわずかだけど胸があるように見えた。カップの中にはパットを入れてある。最初は恥ずかしくて仕方がなかったけれど、今ではずいぶんと慣れ――。
いや、こんなの慣れるわけがないって。未だにカップ部分に触れるときはいけないことをしている気分になるし、パットだとわかっていても自分の胸の膨らみを見たときの背徳感はすごいものがある。
パットを入れたりカップ付きタンクトップを着たりしなくても、それなりには見れる。でも、気恥ずかしくてもこの行為は必要だ。
三浦裕唯がユウイとなるために。
下ろしていた前髪を左右に分けて顔に沿わすように流す。これだけでも普段の俺とは雰囲気が180°変わった。
あとは全体的にボサボサだった髪の毛を、丸みを持たせるようにブローしていく。
鏡に映る俺は、どこからどう見てもボブヘアーの女の子に変わっていた。でも、まだだ。
「メイクも今日はおとなしめなほうがいいよね」
普段は画面映えを考えて明るめのアイシャドウやチークを塗っているけれど、今日は普段よりもツートーン暗めのものを選んだ。リップもグロスが入っているものではなくマットなものにし、色味もベージュよりのピンクを選んだ。
仕上げにシュッとミストをスプレーしたら、ユウイの完成だ。
「……おまじない、か」
初めてメイクをしてユウイになった日を思い出す。
メイクをしてスカートを履いても、やっぱり男子にしか見えないんじゃないか、気持ち悪いと思われるんじゃないかって不安だった俺に、一紗がかけてくれた魔法のスプレー。
『これは魔法のスプレーだよ。三浦がユウイになるための、おまじない』
そう言って一紗がスプレーを振りかけてくれた瞬間、鏡の中にいた女装姿の俺は、とびっきり可愛いYouTuberユウイに変身した。
もちろん魔法なんてあるわけがなくて、一紗が振りかけてくれたのだって何の変哲もないスプレーに過ぎない。
でも、あのときの俺は本当に魔法がかかったみたいに思えたんだ。
「それじゃあ、はじめようか」
鏡の中に映る”ユウイ”に向かって言うと、『私』は笑みを浮かべた。
折りたたみ式のベッドを畳み、真っ白のソファーを壁際に移動すると、シンプルだけど女の子の部屋に見える。さらにクローゼットに入れてあるテディベアとうさぎのぬいぐるみをソファーの両脇に置けば、そこはYouTuberユウイの自室に早変わりした。
『ライブ配信を開始』のボタンを押すと、すぐにいくつかのコメントが書き込まれた。
――ユウイちゃん!
――大丈夫?
――もう配信してくれないかと思った!
「心配かけてごめんね。昨日の配信、ビックリさせちゃったよね。本当にごめんなさい」
――ユウイちゃんが悪いわけじゃないよ!
――なにがあったのかわからないけど俺はユウイちゃんの味方だよ!
「ありがとう。あのね、イチサとはお別れしちゃったけど、私個人としてはもう少し配信を続けたいなって思ってるの」
――ホント? 嬉しい!
――よかった! ユウイちゃんまでやめちゃったらどうしようかと思った!
――ああああああ!!!! よかったよおおおおおお!!!!!涙
「そんなふうに言ってくれてありがと。DMとかポストでもたくさんの人がやめないでって言ってくれて嬉しかったんだ。でもね、やっぱり今はまだちょっとつらいっていうか……。個人チャンネルはあったけど、ユウチサとして今までずっと一緒に配信してたイチサがいなくなっちゃってどうしたらいいかなって思ってて」
そこまで言って、言葉に詰まってしまった。
黙ってしまった私に、たくさんのコメントが届けられる。
――ユウイちゃん、無理しないで!
――失恋には新しい恋って言うよ!
――俺とかどう?笑
「ふふ、ありがと。新しい恋かぁ。そうだね、そういうのもありかもしれないね。うーん、ちょっと考えてみるね」
――ホント!? じゃあ、俺立候補する!
――↑さっきからうるさい
――↑↑鏡見て出直せ
――ひでえ!!
「コメント欄でケンカしちゃ駄目だよ。でも、みんなありがとね」
そこで少し言葉を切った。始めはざわついていたコメント欄も、私の様子が変わったのに気付いたのか静かになった。
「少しの期間だけ、お休みをしようかなって思ってるの。あ、でもそんなに長い期間じゃないよ。そうだね、一週間ぐらいかな。ちょっとだけ休んで、そしたらまた楽しい配信するから、遊びに来てくれるかな?」
――寂しいけど我慢するよ!
――待ってるから戻ってきてね!
――枕を涙で濡らしながら待ってる!!
――ユウイちゃあああああん!!!!
「ありがと。ホントにありがと。みんなが待っててくれるって思ったら、すぐに戻ってきちゃうかも。なんてね」
私は口角を上げると、とびっきりの笑顔をカメラに向けた。
「じゃあ、またね! 絶対戻ってくるから待っててね!」
手を振りながら私は『ライブ配信を終了』のボタンをクリックした。
配信が終わり、私は――俺はソファーにぐったりと倒れ込む。いつもの配信よりもずっと疲れた気がする。でも、ちゃんと笑えていた。
コメント欄も、平日の夕方だっていうのにたくさんの人が書き込んでくれていた。イチサとふたりじゃなくなっても、ちゃんとやれる。それがホッとしたようで、どこか寂しさも感じさせた。
メイクを落とし、ラフな格好に着替えた俺は、サイレントモードにしていたスマホに何件も通知が来ていることに気付いた。
「ん? 城崎?」
それは今日、無理矢理連絡先を交換させらた城崎からのメッセージだった。
『ユウイちゃんが配信してる!!』
『新しい恋なんてしちゃやだよ!!』
『待って、お休みってどういうこと!?』
『ねえ、なんとか言ってよ!』
コメントじゃなくて、配信している本人に実況してどうするんだよ。なんとか言ってよって返信できるわけないだろ。
ため息を吐きながら、俺はふと思いついてメッセージを送る。
即座に返信が来てギャーギャー騒いでいたけど、知るものか。
スマホを見てふふっと笑って、そのままジーパンのポケットに入れた。
『新しい恋で忘れさせてくれないの? 《《私の新しいパートナー》》さん』
『えっ、わ、私!?』
『ユウイちゃん、そういうこと!?』
『忘れさせてみせる!! 私が忘れさせるから!!』
『――ユウイちゃん大好き!!!』




