87 助太刀
遡ること数週間前―
黒牙都市にヒラリー王女が側近と共に到着した。
先ぶれが出ていたので、興世と桔梗もこの地を訪れていた。
新皇国最南端の辺境を領有することになり、一度はこの黒牙都市を来訪する必要もあったのだ。
そして、桔梗の許には君乃の側近もやってきていた。
「もう興世様も大丈夫と思いますのに…」
君乃の律儀な性格に、少しすねたような顔をする桔梗。
「そう申されますな。君乃さまも今、こちらに向かっております」
「お会いできるのですね?嬉しいわ」
両手を合わせて、それこそ飛び跳ねる様に喜ぶ彼女を、君乃の側近は微笑ましく思った。
桔梗子飼いの部下と君乃の側近は当然顔見知りで、こちらも再会を喜ぶ。
やがて君乃到着。
桔梗は興世の外出を待って都市内のレストランに会いに来た。
用意されていた個室に入ると、懐かしい後姿が待っていた。
「君乃さま」
「桔梗、元気そうで安心したわ」
「君乃さまこそご壮健で、なによりです」
「殿下はいかがお過ごしなの?」
「今は良き領主になろうと懸命になっておられます。今日も市長様とご面談されています」
「そう、もう安心してもよさそうね」
「はい!ですので、どうか」
「いいえ…桔梗、これからも殿下をお願いね」
「何故ですか!」
気色ばむ桔梗に君乃は優しい微笑みを見せた。
「私のお役目は、今は別にあるの」
「別?」
「そう。今の私を殿下以上に必要としている方々がいるのです」
「殿下は君乃さまとの婚約を本気で解消しようなどとは…」
「いいえ、もうキッチリ解消されているでしょ? それで良いのよ。殿下を支えてあげてくださいね」
その席に遅れてひとりの大柄な女性が入ってきた。
桔梗はその姿を見て、大きく目を見開いた。
「チェリ様…桜様ですね!」
「綺麗になりましたわね、桔梗」
「君乃さまが勇者様の許へ向かったとは聞いていました。では、そこで?」
「そうですわ」
そこへ桔梗の側近が耳打ちする。
彼女は桜太夫と君乃にヒラリー王女の来訪を告げた。
王女は君乃を見ると歓声をあげ、その隣の桜太夫を認めると涙目になった。
そして、人の目もはばからず桜太夫に抱き着いた。
「王女殿下におかれましては…」
「そのような硬い挨拶はご不要です!」
「立派な王女殿下になりましたわ」
「チェリ様…今までどちらに…」
「今は桜太夫、と名乗っておりますので、そのようにお願いします」
「桜、太夫?様?」
「敬称は不要です」
食事をしながら、四人ともに楽しい時間を過ごした。
デザートの甘い誘惑に、幸せをかみしめた面々は別室に移動する。
「数日遅れで、兄もこちらへ参ります」
ヒラリー王女がしっかりとした口調で告げた。
彼女と兄ユナル王子の黒牙都市来訪の目的を説明する。
「となると、ちょっと急いだほうがよくないですか?」
「君乃の言う通りですわね。わたくしたちはこのまま覇王国へ参ります」
「では、わたしは通行許可の書類をお渡しいたします」
ヒラリーが目くばせをすると、彼女の部下が機敏に動いた。
「桔梗、殿下に覇王国との連携を進言してくださいね」
「勿論です。ユナル王子がお出でになったら、すぐにでも会談が出来る様、準備いたします」
「わたくしたちは、まずは情報を集めたいと思います。国都に南方の事情に明るく、信頼のおける方はいまして?」
「はい。商会主殿へ一筆したためますので、それをご持参ください」
「感謝いたしますわ」
ユナル王子が到着するのと入れ違いに、桜太夫と君乃達の一団は覇王国へ旅立った。
「お会いにならなくてよかったの?」
「ユナル?もう子供じゃないですし、桔梗もいますから問題はないと思いますわ」
「いえ、まぁ、そうですか…」
「ホント、もう、子供ではないのです」
そのまま一路覇公国国境を越え、国都に到着すると、旅装を解くのももどかしく商会を探し、商会主への面会を求めた。
「よくお出で下さいました」
「あら、あなたでしたの」
「これは桜太夫様、ご無沙汰しております」
商会主は先の戦いの折り、タク達とも食料は元より武器弾薬の手配に尽力してくれていた。
「であれば話は早そうですわね。南方の情報を頂きたいのです。勿論、相応の対価はご用意していますわ」
「いやいや、対価についてはご心配なく」
「ヒラリー王女から凡その経緯は聞いています。その後、何かありまして?」
「ユナル殿下とは?」
「急ぎましたので入れ違いですわね」
商会主は南大森林の湖に拠点を持つ異種族の話、南端に出現した城、それの使役と思われる魔獣・魔人の出現について知る限りの情報を話した。
「アーネがそこに?」
「はい。異種族の拠点におられます」
「お節介を焼いてますのね」
桜太夫が微笑みと安堵を表情に乗せた。
「その魔獣やら魔人は結構な脅威なんじゃないのかな?」
「ですわね…砦も一旦は落されているようですし」
「急いだほうが良い気がします」
「そうですわね」
ふたりは商会主に不足物資の補充と湖までの地図など、必要なものを手当てしてくれるように頼みこみ、彼も快諾、可及的速やかな旅立ちを計画した。
湖に浮かぶ本拠の島で、彼女たちはこれまでの経緯を説明した。
「で、ここに来る途中で攻撃されていることを伺ったので、助太刀に駆け付けた…ということですわ」
「死ぬかと思ったよ~」
「間に合ってようございました」
「んでさ、これからどーすんの?」
「敵の情報を集めたいですわね。特にその城の主が誰なのか確認したいですわ」
「十中八九は誰かさんだと思うよ~」
「ですわね。とはいえ、しっかりと確証を得たいところです」
「だねぇ~、ユミンか雪村がいたら大助かりなんだけど…」
「ない袖は振れませんわ。手だてを考えましょう」
アーネと桜太夫の話にユーセとフェアが割り込む。
「私を含めて数人が斥候できます」
「だな。フェア、人選は任せるから頼めるか?」
「承知しました」
「で、桜太夫さん? あ―面倒だから桜さん、で良いか?」
「よろしくってよ」
「お、おう。 で、その誰かさんってのは?心当たりがあるのか?」
「ドーマ、ですわ」
「む、黒の魔術師、か?」
「そうです」
「死んだんじゃなかったのか…」
「しぶといご仁ですわね。わたくしたちはずっと戦って、追いかけてますわ」
「ここで、その名を聞くとは…まぁ、なんとなくそんな気がしてたんだが、な」
「ご存じでしたのね」
「ご本尊を拝んだことはないけどな。 知ってるよ」
遠い眼をしたユーセは、ぐいっと杯をあおった。
【続】