83 枢機卿
鳩首会談のようなものだろうか、赤龍神殿の会議室に筆頭シュラを除く四人の枢機卿が集まっていた。
長老然としてゆったりかまえ、むっと寡黙に押し黙る老神官アナヴァ
細い眼鏡の奥で糸目が不気味な油断のならない感じの中年の神官タクシャ
燃えるような赤と輝く金が混じる長い髪を束ねた女性の中年神官シャガラ
青白い顔いろで神経質そうな細面の比較的若い神官マナシ
このメンバーに筆頭枢機卿であるシュラが、神殿最高機関を構成している。
筆頭を除け者にして、四人は話し合っている。
眼鏡の糸目と神経質そうなマナシ、二人の声が大きい。
「これを契機に神殿のチカラを更に盤石に出来ます」
「大陸に赤龍信仰を根付かせて、聖域信仰や蛮族信仰を排斥すべきです」
「だが、あのような素性の知れない者の言葉、信を置いてよかったのか…」
女性神官が小さな声で疑義を呟く。
それを拾って、糸目が反論する。
「今更、それを言いますか」
「あ、いえ、申し訳ございません」
「謝罪は必要ありません。まぁ、確かにかなり怪しげな連中だとは私も同意しますが、こういう波がたったときが良いきっかけになろうと思います」
若い神官が女性神官に同意する。
そして老神官が
「神殿をないがしろにする政務方を、今一度正しき道に戻す意味で必要なことかもしれませんな」
と、もっそりと呟いた。
糸目以外の三人はどうにも煮え切らない。
その様子に苛立つようにタクシャは貧乏ゆすりをしている。
「皆様、賛成されましたよね?今更後悔ですか?」
「そういうことではないのです…ともかく、今は政務方を追い詰めることを優先しましょう」
「そういうことです。どうせ、あの連中だとてすぐに我が国にどうこう出来るとは思えません。まずは国の主導権を神殿に取り戻すことが大事です」
そのうえで、と続ける。
「連中を利用して、我らの代で大陸全土へ赤龍神様の信仰を広めて行く。これを成し遂げましょう」
もうすでにそれが出来たような高揚感を糸目タクシャは感じているようだった。
会議がタクシャ主導で終わった後、女性神官と老神官は聖堂でご神体である赤龍神の像を前にいた。
「アナヴァ様、どう思われますか?」
「シャガラ殿とおそらく同じことを考えておる」
「あの者達はいったい何者なんでしょうか…」
「うむ。だが、確かにタクシャの言う事もわかるがの…」
「大陸全土への布教は赤龍神殿の悲願とは言え、その手段に危うさを感じます」
「他国を武力で…が、どうにも気になるのは確かじゃの」
「マナシ殿の態度もはっきりしませんね」
「ふむ。マナシ殿はタクシャ殿の声に負けておるでな」
神王、外務卿、海軍卿と筆頭枢機卿に対して、神殿を思想の中心にするこの四枢機卿のなかにも不協和音があるようだった。
「我らも決して一枚岩とは言えぬ。とはいえ、筆頭のように完全に政務方につくのは良しとせぬ」
「とはいえ、朱雀・黒玄・三碧・大道・ショーモンのような聖域信仰とは一線を画したい」
「楼華音はまた特殊だが、どうやらショーモンとは完全和解に至りそうだとのことよ」
「それがタクシャ殿には危険に映るのでしょうね」
「で、あろうな」
老神官アナヴァは一見悪人顔だが、その奥にある目は真摯。
「暴発だけはさせぬよう、目は光らせておかねばならぬ」
「神護衛士の監督はマナシ殿ですから…それとなく釘は刺しておきます」
「そうしてくれるか。…よろしく頼む」
女性神官シャガラは少し疲れたように溜息して、聖堂をあとにした。
神殿を退出したアナヴァ。
数名の護衛を引き連れ、神殿敷地内に割り当てられた邸宅へ戻る。
「今帰った」
玄関を入ると、さほど広く無い邸宅内は華やいだ雰囲気。
ほう、と微笑むと僧衣を侍者に渡し、居間へ足を踏み入れた。
「帰ったぞ」
「あ、父上!」
「お帰りなさい。お出迎えせずすみません」
娘と嫁が笑顔でアナヴァを迎えた。
「随分と楽しげだな」
「ただいま、戻りました」
そこには先ほどとは違う娘が、緊張した面持ちで彼を迎えた。
「ヒギリ、帰ったのか」
「はい」
「どこに行っておった?」
「楼華音女王国です」
「蛮族信仰の国、か」
苦い顔をして娘に嫌味を言うアナヴァに彼の妻が気色ばむ。
「ちょっとあなた、そんなこと言ってはだめですよ」
「事実だ」
そんな父親にヒギリは微苦笑する。
「変わらない、変われない、かな?」
「ふん。少しは見聞を広めて来たか?」
「大陸は広いです。いろいろ勉強になります」
「いつまでこの国にいるのだ?」
「帰ったばかりで、まだわかりません」
「家に居るのか?」
「城下に宿をとりました。ここに腰を落ち着かせると、おちおち外出もできなくなるので面倒です」
「夕食位は家で食事をして行きなさい」
「ありがと。そうさせてもらいます!母上や妹とも話したいことはいっぱいありますから♪」
「うむ、俺も少し聞きたいことがある」
そういう父親に、ヒギリは少し驚いて、そして嬉しそうに笑う。
久方ぶりの家族そろっての夕食は和やかだった。
アナヴァの私生活は質素だ。
枢機卿のひとりではあっても神官であることに誇りをもっている。
近侍や侍女、衛士も邸宅内にいるが、それも必要最低限を保ち、妻も娘も家事をこなす。
久方ぶりの長女の帰宅に、彼は妻と長女と強くもない酒を軽く飲んで楽しそうに目を細めていた。
「母上、また明日伺います」
「はいはい。 何か大事なお話もあるのでしょう?」
「あ、はい、そうです」
「楽しかったわ」
「姉様、またお会いできるの嬉しいです」
「うん。また明日♪」
ヒギリは母親が衛士に頼んで神殿敷地の門まで送ってもらい、城下の宿へ戻っていった。
「どんな話を持ってきたのやら…我が娘ながら厄介な奴め」
アナヴァは酔いの残った目で、娘が門へ向かって行く後姿を見送った。
【続】