81 間者派遣
雨粒がテラスの窓に打ち付けられている。
ここ数日はずっと嵐のような風雨が続いていた。
ナゴンは活字から目を落あげて、ふっとひと息ついた。
そのタイミングを計ったように、付けられていた侍女がお茶とお菓子を乗せたワゴンを運んで来た。
「ありがとう」
微笑んで侍女はカップにお茶を注いだ。
「女王陛下から晩餐のお誘いですが、如何なさいますか?」
「喜んで、とお伝えください」
彼女はニコリと口角を上げて応えた。
その晩餐。
和やかな会話で終始する。
「如何ですか?何か新たな発見はありましたか?」
「特にこれといっては」
と、苦笑いする。
狼人族の存在を明らかにした今、楼華音女王国に大きな種族的な秘密はなくなっている。
今回のナゴンの訪問は、来るべき戦いに際しての軍事的な協力関係構築が目的と言って良い。
「本当に、戦いはあるのですか?」
率直な女王の問いかけに、再び苦笑するナゴン。
「なければ良い、とは思います」
「そうですね。最悪を想定するのは必要でしょう」
「緊急度はそれほどではないと考えています」
その時、女王に侍女のひとりが耳打ちした。
「ナゴン殿、お客様です」
少し驚いたように目を開き
「よろしければ中座しても?」
「勿論です。応接の方に席を移しておきます」
「承知しました」
一度席を外して部屋に戻ると、なんと黒牙都市から来たというユミンが待っていた。
「いきなりですね。どうしましたか?」
「あーー、ちょおっと、南方がきな臭い感じですぅ」
「何があったの?」
「大陸最南端の断崖に魔王城らしきものが現れたって」
「なんてこと!」
「それとぉ、黒玄覇王国にそこから傘下に入れって、言って来たらしいよぉ」
「…そう、わかったわ。女王陛下とも共有します」
ユミンはその後、アーネからもたらされたその他いくつかの情報を得た。
「今夜は休んで言って頂戴」
「は~い」
所変わって、応接室。
「何かありましたか?」
女王の質問にナゴンはユミンから聞いた状況を説明する。
彼女の話が進むと、途中で女王は王配とヒタカ王女を呼びに行かせる。
「遂に来ましたか」
王配はむっとした顔で前のめりになった。
「ヒタカ、貴女は赤龍神国をどう感じますか?」
唐突な問いかけにヒタカ王女はぐっと詰まった。
しかし、落ち着いて思考を巡らせる。
自国楼華音女王国以上に港の数が多く、人口も多く潜在的な兵力はかなり多いと言われている。
「赤龍神国は、正直に申しましてわからない部分が多いです」
楼華音との国交は勿論ある。
外交もそれなりにあり、交易も盛んと言えるだろう。
「ですが、国体がつかめません。彼の国は独自の神に対する信仰が篤く、神殿がチカラを持っています」
「そうですね」
「表立っては友好的ですが、果たして歩調を合わせられるか…という部分では疑問だと思います」
「先の南北紛争も、その前のドーマ侵攻にも静観の立場を崩さなかった」
「今回も、仮に脅威になり、直接の被害でも出ればともかく、私たちと共にドーマに立ち向かうか、と聞かれれば、現時点では 否 と思います」
「よく勉強していますね。よろしい、で、どうしますか?」
「敵にならない と言う言質と確証が欲しい所です」
「なかなか難しいですね。ヒタカ、貴女ならどう動きますか?」
ヒタカはしばし考え込む。
「ナゴン殿」
「はい」
「この一件、現時点では急を要しますか?それともまだ時間に有余があると思われますか?」
「私の持っている情報だけでは何とも言えません」
「ですよね…あの」
「はい」
「ユミン殿をお借りすることは可能でしょうか」
「彼女に何を?」
「赤龍の内実が知りたいのです。有能な斥候が必要です」
「それでユミンさん、ですか」
「はい。残念ながら、我が国にユミン殿以上の斥候はいないと思います」
「あらあら、そこまで言い切ってしまいますの?」
探るような視線を女王に流すと、彼女は苦笑しながらうなずく。
「私は彼女に指示を出せる立場にはないのです。彼女の意志をお確かめください」
ナゴンは侍女にユミンを連れて来るように頼んだ。
そしてやってきた彼女にヒタカから直接赤龍神国潜入をお願いされる。
彼女はちらっとナゴンを見たが、ナゴンは全くの無表情。
うーーーん と考えた。
「雪村と一緒に行くねぇ」
と返答。
「何故、雪村さん?」
「だってぇ、彼のお母さん、南部の出身だし♪」
「そうなのね」
「そうそう♪」
「危険よ?」
「ですよねぇ~…秘密、多そうだしぃ」
「行ったことあるの?」
「あるにはあるけどぉ、さらっと、かな?」
「そんなに?」
「まぁ、伝手がないではないから、今回は慎重に大胆に! かなぁ」
「タクさんには?」
「ナゴンさんからお願いしても良いですかぁ?」
「はいはい。アーネさんには?」
「赤龍に行く前に寄っていきまぁ~す」
「了解。 陛下、ヒタカ様、と、いうことです」
女王とヒタカ、王配は謝意を示した。
「ユミン殿、もうひとつお願いがございます」
「は~い、なんでしょおか?」
ヒタカは立って扉を開け、侍女を連れてやってきた。
女王も王配も微かに反応した。
「ヒギリと言います。この者を連れて行っていただけませんか」
「え~っと」
じっとユミンはヒギリを観察する。
「あ~、同業者、的な?」
「わっ」
「あはは~♪ 感情が出ちゃうって、まだまだひよっこだねぇ♪ 了解です」
「この子は赤龍に少なからず関りがあります」
「そーなんだー。よろしくね~~~♪」
緩いユミンの口調と、つかみどころのない雰囲気にヒギリは呆気にとられている。
「しっかりしないと、置いてっちゃうよぉ」
では、出発の準備しま~す と、ヒギリの手を掴んで退室していった。
「さすが、ですね」
ヒタカはその後ろ姿を見送った。
善は急げ とばかりに、翌朝ユミンの姿は既に女王国と覇王国の国境付近にあった。
ナゴンと女王、ヒタカが王宮のテラスからその姿を遠望している。
「あのヒギリは、赤龍神殿の巫女でした」
女王はそう告げて、ナゴンを残しヒタカを連れてテラスを後にした。
【続】
新キャラ、続々(笑)