78 交渉
明日の出立を控えたユナル王子は腹心の三名と共に、以前ヒラリー王女が出向いた商家の別邸にお忍び姿で来ていた。
商家の主から至急話したいことがある、との伝言を受け取ったからだ。
「主殿から至急、とは驚きました」
「明日、出立のお忙しい中、申し訳ございません。ですが、これは出立前に是非ともお耳に入れておくべきかと思いまして」
主は王子と三名の腹心を応接室から別の部屋へ案内した。
別邸の中でも奥まった場所にある広間だった。
そこには片腕の女性と、ひと目で吟遊詩人とわかる中性的な人物、マントにフードを深く被った数名が待っていた。
「不敬な!被り物を脱げ!」
腹心が憤りの声をあげ、別の者は腰の太刀に手を添え、もうひとりは王子の前に立ち待ち受けていた者たちの前を遮った。
「主っ!この者達は何者だっ!」
腹心は更に怒りを示した。
「待て待て。主殿、これは?」
「先に言っておくべきでしたな。申し訳ございません。本日、こちらへおいで頂いたのは、この方々とあって頂きたかったのです」
「ふむ…皆、太刀を引け」
王子の指示に、それでも警戒を解かない腹心たちに、女性が微笑んだ。
と、ひとりの腹心が膝を付き、フードの者に太刀を奪われていた。
次にまたひとり、別のフードの者に腕をねじられて床に転がされ、はっとした三人目には目で追えない速さで、額に銃口が充てられていた。
「主殿、随分なご挨拶ですね~♪ この方たちと、話って出来ますか?」
「ア、アーネ殿。申し訳ない!」
「王子様?は話が出来るかな?」
「誠に申し訳ない。こちらが無礼でした」
素直に謝罪の言葉を告げたユナル王子。
まだ、悔しさで歯噛みしている腹心三人。
アーネは額に銃口を突き付けながら、腹心の前に顔を突き出した。
「ね、主君がああ言ってんだけど、それでも抵抗するって?」
「ぐ…」
「王子様、この人たち邪魔なので寝てもらってもいいかしら?」
ユナルは腹心の頭を拳固で殴った。
「あっ!」
「いつっ!」
「ぐはっ!」
「主殿にも、私にも恥をかかせるつもりか!」
さすがにここまで言われると黙るしかないらしい。
「まぁ、三人ともお子ちゃまだし、黙っててくれたらいいんだけどぉ…」
アーネが銃口を引くと、他の2人も放された。
ポロン…と楽器を爪弾く音色が広間を満たした。
殺伐とした雰囲気が、急に穏やかなものに変化する。
一曲終わると、腹心三人からもほうっと溜息が出た。
「重ね重ね、申し訳ございませんでした」
主が改めて深く頭を下げた。
王子も目で謝罪を示す。
「ユナル王子殿下、この方々は南方森林の奥からの客人です」
「南方森林!人の居住するところがあるのですか!?」
「あります。ただ、この国も他国に対し鎖国し、この方々も事情があって我が商会とも、これまでは行商を通してだけの交際でした」
「そう、ですか」
「アーネと言います。あたしとあっちの吟遊詩人のウタは、この人たちの友人として付き添いで来ました」
「王子ユナルです。お見知りおきください」
ユナル王子は王族らしく微笑をはりつけているが、表情は読みにくい。
その背後に立つ腹心三人も、やっと落ち着いたらしく無表情で付き従っていた。
対面にまだフードを目深にかぶる人物とその隣にアーネが座り、ウタは部屋の隅で目を閉じている。
他数名のフードをしたままの者達は、アーネ達の背後に立っていた。
商家の主が司会役。
「さて、王子殿下。改めてですが、この方たちは南方森林の奥にある街から、情報を持って来てくださいました」
「情報、ですか」
アーネが真っ先に口を開いた。
「森の民は南方森林の守りをしたい。そう思ってるんです」
「あそこは未開ですが、我が国の領分、そう認識しています」
「みたいですね。で~も~、そこに住む森の民たちに、その意識はないですよ」
「まぁ、確かに…あそこに民がいる認識すら、我が国にしてもないですから、ね」
「そして、更に大陸最南端の断崖に、怪しい城が急に現れてこの人たちの生存が脅かされてる感じです」
「怪しい城?急に?…最南端の断崖…」
「その辺も知らなかった、ですよね?」
ユナルは先にやってきた使者と名乗る者達を思い出していた。
彼らも南からやってきたと言っていた。
どこまで手の内を明かすか、とユナルは現時点で主に話しているアーネを見ていた。
「えっと~、腹の探り合いは時間の無駄かな?って思うんだけど」
にこやかな笑顔のまま、鋭い視線をユナルに向けるアーネ。
助け舟を出すように商家の主が話し出した。
「王子殿下、明日ご出立の忙しい御身です。ここは率直に話し合った方が良いかと思います」
主殿を見て、深呼吸したユナルはゆっくりうなずいた。
「先日、正体不明の使者がやってきました。我が国を傘下に収めたい、さもなくばチカラづくで、と言ってきました」
「あー、もう手を打ってきたんだ」
「彼の者は何者ですか?」
「まだ正体は完全にわかってないです。け~ど~、魔獣を手懐け、魔人を使役していることは分かってま~す」
「魔獣、魔人!」
「推測はできますけど、ちょっとそれについては障りがあるので明言は避けたいかな?」
「で、貴方方は彼らと敵対していて、我が国の南方を護りたい、と?」
「ですです。まぁ、そちらにデメリット…損はないと思いますよ?こちらは背後から攻撃しないでねっていうお願いを聞いてほしいだけですから」
「…主殿」
「信じていただきて宜しいと思います。なんなら私が彼らの身元を引き受けます」
「それほどですか」
「いかがでしょう?」
ユナルはまだ決断しかねていた。
「王子殿下」
主殿が仕方ないなという表情で、情報の追加をした。
「アーネさんは黒翼山脈の白の一族所縁の方で、勇者タク様のお仲間です」
「!」
流石にその名はユナルも彼の腹心も知っていた。
とはいえ、その一事で全幅の信頼、というわけにもいかないが…
アーネが隣で黙っていたフードを被った者を見て、小さく頷いた。
少しだけ躊躇ったが、全員がフードをゆっくり脱いだ。
ユナルも腹心も目を見開いた。
そこには、明らかに自分たちと違う容貌を持った者達がいた。
【続】