77 王太子と王女
― 黒玄覇王国 ―
周辺の国との交渉が極端に少なく、国土の北半分が未開の土地…というか、中央森林地帯が広がっている。
ここに黒の遺跡があり、南の入り口は黒牙都市と呼ばれる覇王国辺境の街がある。
東に朱雀公国
西に三碧皇国
に挟まれている。
朱雀公国との国境線は巨大な長城ともいわれる壁が作られ
三碧皇国との国境は、黒翼山脈から流れ出ている流星長河で遮られている。
建国が特殊なだけに、半鎖国を長い年月貫いてきた。
そう…
統一後に大陸を席巻した、ドーマの黒の帝国がその起源とされている。
半鎖国の状態も、決して彼ら自身が望んだわけではなく、各国からの警戒と監視対象だったためだ。
一方、覇王国自体も贖罪の意味を込めて、「他を侵さず」を国是として国を閉ざしていた。
国土の中央より若干南寄りに王都があり、覇王宮と呼ばれる王城も戦略的に見れば、攻められやすく守りにくい伽藍建築だった。
今、その覇王宮が揺れていた。
呼称こそ覇王ではあっても、そこに座る王族たちは学者のように線が細い。
数日前に突然訪れた者たちがもたらした、一通の書状が原因。
今代の覇王を中心に政堂に集まった国の重鎮たち。
「即刻、お帰り願うのが良かろう」
「朱雀公国、三碧皇国へも報せる必要があろう」
使者の持ってきた書状に対する返答は、迷うべくもない拒絶で一致してはいた。
が、他国への外交手段がほとんどない現在、唐突にそれを報せることに懸念があった。
「勘ぐられて警戒されたりしたら、それこそ…」
「拒絶は必然だが、我らの防備は手薄。万が一、南から攻められればひとたまりもない」
「軍備を増強して、戦争準備などと思われるのではないか?」
「そもそも、今更軍備を整えて、間に合うのか?」
「まずは時間稼ぎしかあるまい」
覇王の横に座る青年と少女は、政堂の大人達の議論に黙って耳を傾けていた。
数日して使者は返答を待たずに覇王国から去っていった。
使者が去ったと聞いて、覇王は安堵する。
青年…王太子ユナルは、少女…王女ヒラリーと共に父である覇王を見つめていた。
「ユナル、ヒラリー、そんな顔でわしを見ないでくれ」
覇王カントは眉を下げる。
「私たちも使者のもたらしたものには否定的です。提案拒絶には賛成です」
ヒラリー王女も微笑んでうなずいた。
ユナル王太子は向かい側に座る、気弱な父親を気の毒そうにながめた。
「まずは朱雀と三碧へ使者を、と思います」
「ユナル、使者の選定を任せてよいか?」
「勿論です。といいますか、その任には私とヒラリーが当たります」
「お前たちが!」
「外交手段の細い我が国が、二心のないことを示し、使者の持ってきたものを正確に、信じてもらうには、家臣では駄目です」
カント王は深いため息をつく。
「わかって居おるのだ…」
「大丈夫です、父上」
「ということは朱雀にはユナル、お前が行き、三碧にヒラリーが行くのだな?」
「お互いに顔見知りがおりますので、それが宜しいかと存じます」
「急ぎはするが、それなりの体裁を整えてから出立するように」
「畏まりました」
翌日は雨。
城下町の一角にある商家にヒラリー王女は身分が判らないよう装いを改めて姿を現した。
商家の主は、先ぶれもそこそこにやってきた王女に苦笑いする。
「いつも突然ですね」
「ごめんなさい。急を要するので」
「三碧へ行かれますか?」
「耳が早いのね。兄様は朱雀へ行きます」
「厄介ごと、のようですな」
「そうね。とっても厄介な出来事だわ」
「何名ほど?」
「腕利きを十名、お願いできますか?」
「承知いたしました。五名ずつの配置でよろしいでしょうか?」
「そうしてください。それと」
「まだ、何かございますか?」
「朱雀と三碧へのお手土産を見繕って、王城までお願いします」
「そちらも承知いたしました」
ヒラリー王女は更になにか言いかけて、躊躇した。
商家の主は微笑んだ。
「まだ何かありますか?わたくし共で出来ることであれば、遠慮は無用です」
「ありがとう」
「それでどういった?」
「新皇国の君乃様か桔梗様と繋ぎはとれないかと…」
「問題ありません。桔梗様が興世殿下と新皇国南辺境にお出でになっております」
「え?」
「ああ、伝わっておりませんか…ちょっと新皇国でいろいろあったようで、興世殿下は廃嫡されて南辺境の領主になられ、桔梗様がご一緒されています」
「廃嫡!なにがあったの?」
「詳細は秘されております」
「わかりました。お会いできればその時に伺いましょう」
「取り急ぎ、直ぐに誰かを走らせます」
「いつも無理を言います」
「いえいえ、お気になさらず」
その日、王宮へ帰ってきた王女は兄ユナルと相談。
ヒラリー王女は一足先に少人数で黒牙都市へ向かうことになった。
「黒牙で一旦合流して、その後で別れよう」
ユナルはそう指示した。
「できれば従姉様にも会いたいわ」
「今は名前も変えているのだろ?」
「子供の頃以来なので、覚えているか覚束ないですけど…」
ユナル王子に先立つこと十日。
ヒラリー王女は少数の護衛と共に騎馬で、一路北へ、中央森林黒牙都市へ向かった。
【続】