71 虫
落ち着かない夜だった。
皆、ひとりにはなりたくなくて、ダイニングルームで一緒に食事もした。
ただ、黙々と…
ソファに寝かされたミク?ミュ・クー?の傍にタクと彩姫が寄り添っている。
明け方のひんやりとした空気が部屋を満たす。
カチャカチャと食器の音。
トトトトトと軽快な包丁で何かを切っている音。
微かに香る、食欲を刺激する匂い。
うっすらと彼女は目を覚ました。
その視界にはタクと彩姫、そして視線をズラすと、何人かが思い思いに寝ている姿が入ってきた。
身じろぎをすると、彩姫がにっこりと笑っている。
「起こしちゃった」「起きたんやね」
・
・
「「ぷっ」」
同時に言って吹きだす。
「どっちやろ」
「ミクだよ」
「ま~だミュ・クーはんは落ち込んどるん?」
「まぁ、ね」
目が覚めたのか、とタクの優しい声がした。
「ミク、何があったかは、落ち着いてからで良いから、も少し休めよ」
「もう大丈夫よ」
上半身を起こして、大きく伸びをする。
もそもそと寝ていた連中が起き出した。
ダイニングから続くリビングのキッチンから、桜太夫とナゴンが顔をだした。
「朝ごはんがもうすぐできますので、顔を洗ってきて下さいまし」
彩姫がミクを介添えしてソファから立ち上がる。
言葉少なだが、ミクが明るい表情でもりもり食べている。
つられて、静かだが満ち足りた、明るい空気がリビングを包んでいた。
食後のお茶を飲み、ほっとしたところで彼女は立ち上がり、改まって頭をさげた。
「ごめんなさい!」
桜太夫が余裕のある感じで微笑む。
「もうよろしいですわ」
「うんうん!大丈夫だよぉ~♪」
「気にしないでね」
ユミンとアーネも彼女を許す。
「体は大丈夫なのね?」
「はい。身体の方は異常ありません」
「それで、ミュ・クーは?」
「あはは…閉じこもってます」
「ダメージが大きいの?」
「いえ、ドーマに付け込まれたのが悔しいやら、なんやら…自己嫌悪?みたいです」
「隙をつかれたんだもの、仕方ないわ」
ナゴンがゆったりとした笑みで応えた。
ミクは君乃を見て苦笑する。
「聞きたいこと、いっぱいあるよね?」
「あ、いえ…まぁ、んと…はい、あります」
どぎまぎしながら真っ赤になった君乃。
「いいよ。なんでも答えるよ」
「あ、の、虫?はなんですか」
「あー、ショッキングだよね。あれは式神の置き土産?ほっておくと直ぐに成虫になって、あっという間に増殖して、身体の中を食い尽くす…鬼畜の虫」
「身体の中を?」
「うん。内臓も骨もなにもかもすべて、ね。最後は皮だけになっちゃう」
「そんなに明るく言われても、おぞましい内容に変わりないです」
「暗く言ったら、軽くトラウマものだし」
ちょっと間をおいて、真顔になったミク。
唇を噛んで下を向いた様子に、タクが助け舟をだした。
「あの虫は、シャクヤク殿を食った」
「!」
「あれは…黒禁術の魔物ですね?」
両手で口を覆った君乃。
ナゴンが思わずタクに確かめると、彼は小さくうなずく。
「おそらくそうだと思います。当時は正体がつかめなかったんですが、今はそうとしか思えないですね」
「私の身体から離れる寸前に、召喚して置いてったの!」
ぷんすこ、と怒った顔をして、努めて明るく話すミク。
君乃は気を取り直して、彼女へ質問続行。
「興世殿下が皆さんを襲撃させたときに、あれがミクさん?ミュ・クーさん?に憑りついたんですね?」
「うん。精神障壁の揺らぎを突かれた感じね」
「それって…」
「あくまで推測だけど、連動してる、と思う」
「と、いうことは…」
「話を聞いた限りでは、殿下は精神操作系の術か暗示をかけられたかしたと思うわ」
「やっぱりそうなんですね…最近来た桔梗からの手紙には、殿下自身がなんであんな行動したのかって言ってるみたいです」
「となると式神の標的は誰でも良かったんやな」
「たぶん、ね。私、彩姫、桜太夫、アーネ、ユミンなら誰でも、って感じじゃない?」
「ダメ元で、あわよくばタクを亡き者にするっちゅう狙いやな」
「一番隙が大きかったのが私、なんだろうね…」
どっぷり凹んだ様子のミク。
「あれが中にいるときは、明らかに操られている感じだったのか?」
「だったら、早めに叩き出してるし、出せたと思う」
「というと?」
「巧妙なのよ立ち回りが…」
「…」
「思考の選択を暗示する?それも、ほんの少しだけ」
「本来、右を選ぶところを、ほんのちょっとだけずらす的な、かな」
「そうそう」
「こっちもそれで気づくの遅くなった」
「でもね、あの狙撃のとき、なんか得意になって術の披露をしたくなって」
「あーー、ドーマの自己肯定感マックスと承認欲求が顕著に出たんだな」
「そんな感じね。私たちもそれで気づいたし」
「けど、気づけなかったって、現在絶賛自己嫌悪の引きこもりってわけだ」
「だねぇ」
タクとミク…だけでなく、その場のだれもが苦笑した。
「あんの野郎、そもそもが姑息だけど、かなり慎重になってきてるな。けど…根はやっぱりお子様ってところか」
皆が彼の表現にどっと笑った。
【続】