07 あっち、こっち、どっち
「とりあえず落ち着こうか」
俺は部屋に入って冷蔵庫を何気なく開いた。
おや、まぁ、稼働してるよ…
「なんで動いてるんだ?食料もあるし…」
「うん、とっても不思議」
「ん?」
美玖は俺の横に顔を突き出して、一緒に冷蔵庫の中を眺めている。
「俺が知りたいんだけど?」
中から缶ビールを取り出し、彼女に一本渡してベッドに腰を下ろした。
…狭いワンルームなんでね、他に適当な落ち着き場所がないんだなwww
彼女はそのままフローリングに座り込んでビールのプルトップを開けていた。
「で、どうなってんの?」
「なにがよ」
「今は何年なんだ?」
そんな問いかけに彼女は素直に答えてくれた。
「2年でこうも変わるんだ…」
「2年って…この間会って、探索するからって数日前に出て行ったじゃない。何言ってるの?頭大丈夫?」
「こっちにも俺がいるんだな?」
「こっち?ちょ、ちょっと待ってよ」
「待ちますよ(笑)」
彼女が教えてくれた年号が本当なら、最初の渡りから2年経ってはいた。
経ってはいるが、この変わりようは何だ?
「ごめん、美玖。ここ2年のことざっくりでいいから教えてくれ」
「卓、さっきからどうしたの?おかしいよ!」
「あまり時間ないと思うんだ。ともかく話してくれ」
俺は自分の存在がどうも希薄になっているような感じがしていた。
てか、ちょっと待て!
透けて来てるし!
俺は美玖に手を突き出した。
唐突な行動に美玖はドン引きするが、さらに目の前に手をかざした。
「!」
「わかる?透けてるよね」
「う、うん」
「異常事態なのは理解してくれる?」
「ん…、分かった」
「話して」
美玖は恐る恐るだけど、俺の顔を見て話し出した。
ある日、突然この周辺を中心に巨大な地震に見舞われた。
その地震は波状的に日本全体に広がっていった。
他国のネット情報で、日本の一部が見えない何かの壁のようなものでドーム状に覆われてしまった。
そのドームは関東エリアを覆うと、今はじわじわと外側へ広がって行っているようだ。
ドームの中心は都庁。
ドーム内は見知らぬ軍隊が現れて、地震の生存者を捕らえ始めた。
それに対抗する組織が警官、自衛隊の生き残りで組織されたが、軍隊と衝突して劣勢であり、戦いは殺し合いに発展したらしい。
「その軍隊、名称とかあるの?」
「ドーマ政府軍って名乗ってる」
「ドーマ!」
ああ、奴はこっちへ手を伸ばしたのか…てか、なんかおかしいぞ?
その時、部屋の入り口が不意に開いた。
「ただいま~」
疲れ切った俺が入ってきた。
「美玖~、なんか食い物くれ~」
おい、呑気だな(笑)
俺は俺を見つけた。
「ううぉ!誰だ?って、俺??ちょいまて、透けてる???」
そりゃ混乱するよなwww
「俺だ!卓だ!深呼吸しろや!」
「お、おう…」
素直に深呼吸3回。
俺は俺に腰の聖剣を押し付けた。
そうしなきゃいけない気がした。
ちらと時計を見ると
23時45分
を指していた。
あと15分。
俺は手元にあったメモ帳に走り書きをする。
あっちの文字。
『彩姫へ この俺は俺じゃない。俺と会った最初からのことを話してやってくれ。このことは彩姫、太夫、美玖と彩姫が味方と判断したもの以外には秘密にしてくれ。必ずもどる』
「卓、あっちへ行ったら何も話さずに、彩姫という女の子を探すんだ。で、このメモを渡して話を全部聞いて理解してくれ」
「え?おい!」
「その剣は大事なものだから、頼むな」
「この落書きは!」
「あっちの文字だから、落書きじゃない。話を聞いた後の判断は任せる」
まぁ、俺だからな。
そんなに的外れな行動もしないと信じたい(笑)
時計の針は
23時59分…
カチ
0時…
目を見開いた俺は、俺と美玖の目の前から消えた。
自分の手に視線を落とす。
実態が戻ったな…
ぐっぱして感覚を確かめた。
「えっと…」
戸惑う美玖にニコリと笑顔を向ける。
「胡散臭いんだけど」
「だよねぇ(笑)」
「説明してくれるかな?」
「勿論」
美玖との会話の間中も、俺の灰色の脳細胞はフル回転してる。
「もうちょっと、俺自身が整理できてからで良いかな?」
美玖は無言で頷いた。
「いっこだけ良い?」
「ん?」
「卓は、卓だよね」
「んーーー…まぁ、そうかな?そこも含めて、もうちょっと考えさせてね」
苦笑いする俺を見て、美玖も苦笑い。
「ご飯作るから」
「ありがと。腹減ったの思い出した」
「だよね」
「よろしくお願いします」
「はーい」
小さなキッチンに向かって立ち上がった美玖。
美玖さんは度胸ありますね…
ふたりの俺と美玖。
一時的とはいえ、帰ってきた俺と存在の希薄になった俺…
実体の俺が渡っていった…
ほとんど本能的だったけど、正解な行動だったよな。
にしても、ドーマ…お前、何してくれてんだよ!
都庁の上に鎮座したキンキラ御殿を思い出しつつ、俺は今一度思考に沈んだ。
【続】
さぁ、難しくなってきたぞ(苦笑)