66 女王国の秘密
説明に長い時間を要し、既に夕食の時間に差し掛かっていた。
「こちらの事情、彼女たちの立ち位置についてはこの辺で」
ひと息つき、女王と王配の間で少しだけ席を外した。
「理解できたと思いますか?」
ナゴンの不安そうな声に、タクも難しい顔をしている。
「聞いて、直ぐに、はいそうですか…という内容でもないですから、ね」
「そのと通りですね。とはいえ、私たち三人が共有するに値すると理解して下されば…」
「はい。四人で聞くこと、秘密を守ること、これができれば問題はないと思います」
女王と王配が席に戻ってきた。
「晩餐の用意をさせました。こちらの話をさせていただくのはその後、と言う事で宜しいですか?」
「勿論です。ご理解されるにも時間がかかると思いますので」
「食事はご一緒していただけますか?」
「一緒で大丈夫ですか?話し合われるお時間が必要な気がするのですが…」
「問題ありません。むしろご一緒していただきたいくらいです」
女王からの申し出にタクは笑顔で応じる。
晩餐は第一王女、第二王女も同席することになった。
二日目の晩餐の時は他の王族もいたので、今回は家族だけという感じのアットホームな席である。
食事が済むと、別室に案内された。
「タク様、これからの話にこの第一王女であるヒタカも同席させます」
「女王陛下のご判断であれば、こちらは問題ありません」
女王側の話は彼女の執務室に移された。
「先ほど、この子にも皆さんのことはざっと話しました」
「あの短時間で…」
女王は悪戯っぽく笑みを浮かべると
「お二方は勇者様の重臣でありご内室様で、ナゴン様はそのお母様、と」
「良い感じの表現されましたね」
「この子にも契約はさせますのでご安心を」
「承知しました」
「では、こちらのお話をさせて頂きます」
女王はカップを傾けてお茶を飲み干した。
「皆様は、御伽噺をご存じですか?」
「御伽噺…ですか」
「そうです。むすめと異形のおのこの国造り…」
ちょっと前にウタから聴いたばかりの話が出てきた。
彼は驚いたように目を見開き、ミュ・クー達の顔を見る。
その様子に、女王も王配に目くばせして小さく顎を引いた。
王女はまだ何のことかわからないと、少々混乱した面もちをしていた。
「皆様はご存じのようですね」
「先日、知り合いの吟遊詩人から聴いたばかりです」
「吟遊詩人…そうですか、あの方とお知り合いなのですね」
「ということは、女王陛下もご存じなのですね?」
そんなこと一言も言わなかったな、と苦笑気味のタクに、女王の口元もかすかに弧を描く。
「聞かれないことを話す人ではないですから。悪く思わないでくださいましね」
「ああ、それは大丈夫です。長く生きて来た処世術ってことで理解してます」
「さすがにそれなりの人生経験をされているようですね」
「五十ですからね…いい加減、じじいの域です」
「いえいえ、まだまだ」
「…で、その御伽噺の内容と言うのは…」
「この女王国建国の話で間違いありません」
「……」
戸惑うヒタカ王女に女王は微笑む。
「これから教えます。しっかりと聞いて胸に叩き込みなさい」
「畏まりました、女王陛下」
どうやらヒタカ王女への女王教育も兼ねるらしいと、彼は微笑んだ。
「陛下、ついで、になされることでもないでしょうに」
「申し訳ありません。とはいえ二度もする話ではないですから。この機会にヒタカにも聞いてもらいます」
「我々は問題ありません。生徒がひとり増えるようなもんです」
「感謝します」
さて、と女王は居住まいを正した。
「現在の我が国は代々女王を王位に就け統治してきました」
女王アーヘは語りだし、その場は聞き漏らすまい緊張した空気に支配された。
元々は男王が王位を継承していたという。
代々好戦的な王が即位し、周辺国、殊に新皇国と赤龍神国、朱雀公国には数限りなく侵略戦争を仕掛けたという。
「おそらく壁画に残された戦争の様子は、彼の者ではなく我が国の侵略戦争ではないか、と思います」
女王アーヘは語る。
異形のおのこと山の異形の者達―
「二足歩行に進化した獣の一族のことです。彼らの一部は人に近しい姿に変身できる能力も持っていました」
「獣の一族、ですか」
「そうです。獣の尖った耳、鼻先も人より突き出ていて、毛におおわれた尾もあります」
「獣人と言う感じですか」
「そうですね、その通りです」
「身体能力はずば抜けていて、獣人の兵士に人間の兵士3人で均衡がとれたと言います」
「その身体的な特徴は、確かに壁画とも一致します」
「先ほど伺った時に私もそう思いました」
アーヘはさらに続ける。
「我が国は数百年前に大きな動乱がございました。大陸統一の最中と記録されています。
北方からの統一の波に最後まで抗ったのが我が国…ですわね?」
彼女はナゴンに話を振った。
「その通りです。いままでお話を伺っていて思い出しました。私は西側諸国への遠征軍を指揮していましたので、報告でしか聞いていませんでしたが…」
「そうなのですね」
「戦力総数はこちらより少ない代わりに、精強で、白兵戦・ゲリラ戦に無類の強さを発揮したと記憶しています」
と、ナゴンは少し間を置いた。
「南部平定後もこの国は降伏せず、大陸王の親征で圧し、その後に内乱が起きて政権が交代した、とのみ聞いていました」
「記録ではそうなっていますが、実はその前から国は二つに割れていたといいます」
タクは黙って聞いていたし、ヒタカ王女はそれこそ愕然として冷や汗を浮かべていた。
「初代女王はカノン女帝ですが、国を割ったのはヒジャウ王女であったそうです」
「王女さんが親に反旗を翻した…ですか」
軽くうなずくと、一度目を閉じ、女王アーヘは再び語りだした。
「話を戻します。獣人の男王と人の女との間に生まれた王子の多くが獣人の特徴を持って王位を継いでいます」
「当時はチカラこそ全てだったらしく、王位は血縁ではなく純粋に強い者が即位したこともあったと伝えられています」
「獣の姿、チカラは男性にのみ遺伝し、女子はその因子は持ちながら、姿は人のままだった」
「因子持ちの女子と人との間に生まれた子もまた、男は獣人、女は人だったと言います」
「ですが、ヒジャウは女子でありながら獣人の特徴を持って生まれたと言われています」
「当時、国王の近隣諸国への侵略行為、その後の大陸王への抵抗は国を亡ぼすと憂慮したヒジャウ王女は、国を割って独立」
「大陸王はヒジャウ王女を支援することで、最終的な勝利を治めたとも言われています」
「大陸統一の波に乗って、ヒジャウは故国を今一度併合し、カノン女帝に譲位。自分は国を割った責任を以て、南方へ去ったと記述されています」
「今現在では徐々に獣人の血脈は薄まって、全くそういった子は生まれていません」
そこまで一気に語った女王へ、王配が労わるように飲み物を差し出した。
「と言う事は、私たちが探しているモノは、この国の兵士の姿だった、という認識であってますね」
「と思って頂いても差し支えないかと思います」
「今のお話の根拠となる文献なりが、国立図書館の…」
「禁書庫の奥に保管されています」
ぐったりと力尽きた様子の女王。
執務室の窓に朝日が差し込んでいた。
【続】
これで一本、書けそうな情報量だな…