64 御伽噺
女王は君乃が退室するとタクだけを指名して、そのまま応接間で相対した。
「私だけ、というのは?」
女王は不思議そうなタクの顔を、穴のあくほどじっと見つめた。
「えっと」
「失礼しました」
軽く咳ばらいをすると、謁見の間に続く扉が開き、彼女の王配が入室した。
「これは、いったいどういう」
「これからお話しさせていただく内容が内容ですので、彼も立ち会わせる必要がございます」
かなり重要な内容の話と、すぐに理解する。
「これから話す内容は、我が国の統治者に口伝で継承されるものです」
「……」
「その、大変に失礼なのですが」
「契約ですか?」
「その通りです」
どうやら口外無用の契約魔術を使いたいらしい。
それほどの秘中の秘である内容、興味はある。
しかし、何故、このタイミングなのか?
「タク様がお調べになっていることに、関係する可能性があります」
「ほう」
「如何でしょうか」
「調査に携わる者のうち、三名だけには共有したいのですが」
タクはミュ・クー、彩姫、ナゴンは知っているべきだと直感しての打診だった。
女王は王配と小声で協議する。
「では、その方々を改めて正式に賓客としてご招待させて頂きます」
「承知しました」
タクは一旦クニカ王と桜太夫達を連れて女王国を後にし、ひと月後に三人を連れて再訪することを女王と約した。
新皇国旧都の屋敷に帰り着くと、学者二名、護衛役七名が到着していた。
学者さんは早速壁画にかじりついて、熱心に研究を開始する。
護衛役は各職から一名ずつを、女王国訪問の際に同道するよう配置し、残りは雪村を隊長にして、交代で屋敷周辺の警戒にあたらせた。
そうこうしているうちにアーネがウタを連れてやってきた。
「元気そうだね」
「お陰様で、元気よ」
「ウタさんも、お久しぶり」
「ご招待に与りまして、参上しました」
数日の間、旧交を温めた。
「なぁ、ウタさん」
「なんでしょうか?」
柔和な言葉遣いは、時に女性と間違えてしまうよう。
声そのものも唄っているときと同様、細いが良く通るし、表現もとても和かい。
ただ、唄っているときの声は、時に男性的な強靭さも窺える。
「ウタさんは大陸全土を旅しているんですよね?」
「そうですね、人のいる所、居た所にはほぼすべて行きました」
「その中で、最も古い題材はやっぱり大陸王の三宝物がらみですか?」
「そうですねぇ…」
ウタは思案するように目を細める。
タクはその目をじっと見る。
「どのような唄がお聞きになりたいのですか?」
「大陸王以前の物語、ですかね」
「それは…ないではないです。ですが、御伽噺ですよ」
「もしよろしければ」
「お聴きになりたい、ということですね」
「差し支えなければ、お願いします」
楽器の調律を二度三度。
目を閉じてウタは物語を紡ぎ出した。
山の民たるおのこ と
湖の民たるむすめ
とのものがたり
今まで聞いたものとは異色な声で、ウタは独特のリズムと言い回しで語り、唄う。
森のはずれで拾われたおのこの幼児
湖のほとりに住まう家族にそだてられる。
家の幼きむすめとひろわれた幼児
ともに遊び、むつまじく育ちゆく
やがて幼児はたくましくも醜いおのことなり
むすめは見目麗しき女性となる
おのこ、その姿ゆえに人から疎まれ
むすめ、その姿ゆえに人に請われる
おのことむすめ
身も心も絆で結びあう
山から異形の者達、あふれ出て
里を襲い、奪い、命を喰らう
里から遠きわが家へも、異形の者たち迫りくる
おのこは、娘を家族を護るため 異形となって立ち向かう
おまえは なぜ 同胞のわれらと戦う
おれは 愛するむすめと家族を守り抜く
戦い、守り、異形を払う
家族はおのこの異形の姿に 慄き、忌み嫌い
おのこを鎖でつなぎ 閉じ込める
涙にくれる むすめを里へ嫁がせる
里へ嫁したむすめの夫は
むすめを異形と通じた獣と言い
虐げ、辱め、貶める
おのこは むすめが幸せならばと 涙を飲んだ
家族はおのこを恐れ 家から追い出した
おのこは 旅に出る
むすめは おのこの子を産んだ
むすめの夫は子を殺す
旅の空の下
おのこはむすめが今も泣かされつづけ
我が子が殺されたことを知る
おのこは異形と通じ
里へむすめを迎えにやってくる
むすめの夫を、その家族を死に追いやる
むすめと再び 相見え
ふたり抱き合って 子の魂に祈る
むすめはひととして守り
おのこは異形になって戦い攻める
里は異形のものとなり
やがてそれは国となる
「これが、私の知る最も古き時代の唯一の唄です」
「異種族で建国…かな」
「と思います」
タクは異種族が、
人とは違った容貌をしていた者たちが…
この大陸に存在していた、ひとつの状況証拠と思った。
「この唄からするとやな、男は異形に変身する感じやろか」
「おそらく、な。もっとも変身前もその特徴は残るんだろうけど…」
「かなり好戦的な種族やね」
タクと彩姫の会話を聞いていたウタは苦笑いする。
「あくまで御伽噺、ですよ」
「うん、まぁ、こういうのって、意外と事実を元にしてたりするんだよ」
「とはいえ、根拠薄弱やし、な」
「勿論、これで異種族が存在したって確証にはならないし、確信もしないさ」
ウタ、タク、彩姫は軽く酒で喉を潤した。
「これって、もしも完全に架空の物語だったとしたら、昔の人の想像力って凄い!」
アーネの感想に皆が頷く。
「さて、女王国へ行こうか!」
今回同行のミュ・クー、彩姫、ナゴンとともに馬車に乗り込む。
「いったいどんな凄い秘密が明かされるんのかな」
ミュ・クーは期待と不安のない交ぜになった表情だった。
【続】