61 壁画は語る10
「何かあるとすると、ここだと思うんだけど」
ミュ・クーがポツリと呟く。
ドーマが去った後、大領主領から発展して行く箇所を今一度検証する。
「ここで一気に十数年飛ぶようですわね」
彩姫の代わりに桜太夫と君乃が来ている。
彼女は昨日からナゴンにつきっきりで訓練を受け始めていた。
「何事もなかった、で済ませてしまった?」
「でも、それ以上は描いてないですよ?」
ミュ・クーも君乃も思案投げ首のお手上げ状態。
「特に不自然なところもないしな…」
「それでも、確かに仰る通り、ここから先の記載、壁画に『敵』はあっても『ドーマ』の呼称はないようですわね」
「そーねー、それが違和感と言えばそうなんだろうけど」
午前中いっぱい同じところを読み返し、壁を触ったり叩いたり、いろいろ試してみる。
「そう都合よくはいかないか、な」
「ですわね」
「おひるごはんにしましょうか?」
君乃の提案に皆で賛成して、シートを敷いて弁当を広げた。
「アニメとかラノベだと、こういうときお助けが入るんだけどなぁ」
ミュ・クーがミクの記憶を引っ張り出して盛大な溜息ひとつ。
「そりゃ、無理だろ。ここは現実、架空のご都合主義は期待できんぜ」
苦笑しながらサンドウィッチをほおばるタクに、桜太夫と君乃がアニメとかラノベとか、知らない単語についての質問大会。
この日から同じ場所での悪戦苦闘の日々が続いた。
描かれている壁画や文章にヒントはないか?
文章の訳し方に齟齬や見落としがないか?
壁画全体やこの第二階層自体におかしな部分や隠し部屋などは存在しないか?
等々…
「ねぇ、タクさ~ん」
間の抜けた声が三層からタクを呼んだ。
「ユミンさんや、なんでしょうかぁ~?」
いい加減疲れていた彼も、間の抜けた声で叫んだ。
「気のせいかもだけどぉ」
二層に上がってきたユミン。
「なんだ、一体?」
「五層、三層の魔獣人とぉ、問題の壁画の魔獣人なんだけどぉ…」
「ん?」
「んー、気のせいかなぁ…」
と口ごもる。
「らしくないな。なんか気になるのか?今はほんのちょっとの事でも手掛かりかもだから、言うだけ言ってみ」
「うん…なんかさぁ、魔獣人、変わってなぁい?」
「え?」
彼は五層へ降りて信長軍と戦う魔獣人を見る。
そして三層へ上がり将門軍と戦う魔獣人を見る。
「五層と同系統で、頭が完全に狼とか獣で身体は剛毛に覆われている…と、確かに、系統が違う?」
穴のあくほど、夢に見るほど見飽きた二層の魔獣人…は、鎧を着用していて身体に剛毛が描かれていない上に、狼っぽい縦耳、鼻づらは若干尖っているが、顔全体は人に近しい。
「進化したと思ってたけど、成程、これは一考の価値があるかもだな」
「進化ならさぁ、尻尾ってなくなるんじゃなぁい?」
「あ、確かに五層・三層はないけど、二層は尻尾がある!」
「それに下の層のは得物持ってるけどぉ、ここのは爪?」
「うん、それ!ユミン!あんたは偉い!」
「えっへっへ~♪」
魔獣人の絵を各層別に模写して、屋敷に戻った。
「先入観…」
「みんなして同じ迷路と先入観で縛られてたかも」
「こりゃ、ユミンの大手柄や!」
わっと皆が沸き立った。
「水を差すようですけど、だけどまだ謎がありますわ」
「狂いの種、何かを撃ち出す武器?の共通性だよな」
「そうですわ。その共通性がある以上、別物とするのも危険ですわ」
「そもそもだけど、この大陸には二足歩行で知性のある獣…獣人?っぽい種族はいないはずだよな」
「今はいませんわね」
「今は?」
「あ、語弊がありますわね。過去にそういった種族がいなかったと断定はできません、という意味ですわ」
「ふむ…大陸統一自体が伝説級に昔なわけで、それ以前となると」
「ええ」
「そういった民俗学とか考古学的な学問ってあるのか?」
それにはナゴンが答えた。
「ないことはないですけど、かなり希少な学問です。文献として残されているかは疑問ですね」
そこまで言ってじっと考えに耽るナゴン。
皆が固唾をのんで、次の言葉を待った。
「中部王立図書館、かしら」
「可能性は?」
「少なくとも大陸統一の時には既にあったから、その蔵書数は天文学的なはず、なんだけど」
「今もあるわね」
君乃がナゴンの記憶を補完してくれた。
「一度行ったことがあるけど、あり過ぎてピンポイントで見つけ出すことができるかなぁ、って感じ」
「入館の手続きとか資格審査とかはあるのか?」
「ありますよ。あたしが持ってるから随行2名…警護込みね、それと侍女なら1名追加可能なので、あたし含めて4名までなら大丈夫」
「お、さすがお嬢様」
「うふふふ、伊達にいままで猫かぶってたわけじゃないでよん」
「何匹被ってたんだか」
「そうですね…10匹ほど?」
君乃はドヤ顔。
桜太夫が呆れた顔で盛大に溜息。
タクは笑って話をまとめる。
「それじゃあ、チーム分けするか」
中部王立図書館組は君乃をリーダーに指名。
桜太夫とユミン、雪村に同行を決めた。
この旧都宮殿壁画解読は自分とミュ・クー、リュウが残る。
「うちとナゴンはんは」
「そりゃ、訓練だろ」
「あちゃあ、やっぱりそうなるんやな」
「彩姫の知識は欲しい所だけど、今はそっちが優先順位高いな」
「了解、早よ、免許皆伝もらわなあかんってことやね。精々、きばるわ」
ということで、彩姫はこのままナゴンと訓練を継続することに決まった。
君乃達が旅立ちの準備をするために、その場を立ってからタクが彩姫とミュ・クーに相談する。
「壁画の解読とかの応援ができるような人材に心当たりないか?」
「あー、やっぱり手ぇ足りひんよな」
「だろ?と言って、迂闊な人選も出来ないし」
「せやなぁ、ちょっと考えてみるわ」
「私も里長に手紙を出してみる」
「それと」
「なんなん?」
「ウタは何処にいるんだろ、って」
「ウタって…ああ、吟遊詩人さん」
「うん、この手の古い言い伝え的なのって、結構、吟遊詩人がネタ持ってたりすると思うんだ」
「成程やね。そっちも当たってみるわ」
「私も里長への手紙に書いておくわ」
【続】
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