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59 壁画は語る8

匠馬は独りになって、トボトボと聖域にある祈りの回廊を徘徊していた。

戦後処理で紗耶香の死を悲しむことも出来ずに働いた。

いや、それを忘れるために、事実に向き合いたく無くないために、無心に動いた。

そうした方が処理が早く終わってしまうという皮肉な結果。


その場で暴発した激情は、時間と共におりのように心の中に沈んで行く。


目の前で実の両親が魔人に殺された。

同じ男として尊敬し、自分を息子と呼んでくれた養父将門も殺された。

紗耶香姉様、長い年月を伴に戦ってきた、半身ともいえる存在も泡沫うたかたになった。


黒い怨念に似た感情が身内をがす


駄目、だ…それでは倒せない、滅せない。



「あの日、大殿は怨念では奴を倒せない、と仰せだった」


ぽつりと口をついた独り言。

目の前に、まさにあの日の大殿の言葉、表情がよみがえる。


「わかっては、いる、のです…大殿、姉様、これでは、駄目だと、わかっては、いるの、です」


嗚咽に混じった、彼の血を吐くような呟き。

ふわり、と柔らかい薫りが彼を包んだ。

大事な壊れ物を扱うように、彼は背後から頭を抱きしめられた。


「匠馬様」

弥刀みと、か」

「しばらく、こうしていて良いでしょうか」


いつの間にか女性になりかけている義妹いもうとが耳元で囁く。

微かに彼は首肯うなずくと、温かなものがぽつぽつと落ちて来た。


「泣いているのか」

「私だけ泣いているのは、恥ずかしいです…匠馬様も泣いてください」

「……」


義妹はすっと指を彼の前に突き出した。

その先に視線を移す。

そこに弥刀と同じ年頃の娘が立っていた。


「この者は彩女あやめと申します。姉様の、紗耶香様の…」

「知っている。姉様の首を大事に抱えていてくれた」

「紗耶香様に薙刀の手ほどきを受けておりました」

「そう、なのか」


彩女の姿を今一度、彼はしっかりと見つめる。


「彩女、匠馬様にご披露を」


弥刀に促された彩女は薙刀を手にゆっくり構えた。

その姿は紗耶香を彷彿ほうふつとさせる、凛とした立ち姿。


ひゅっ


ひゅん


しゅん


彩女は虚空に刃を走らせる。

それは舞いを思わせるように美しい。

次第に速度が速くなり、刃はそこにはいないモノを両断する。

匠馬にも弥刀にもそれは見えた。

確かに彩女は魔獣人を断ち割っていた。

旋風のように回転し、刃は残光をたなびかせて、その場にいる幻の魔獣人すべてを斬り払っていった。


「破っ!」


峻烈な気合を最後に彩女は静止する。


「彩女、こちらへ」


弥刀が彩女を招き寄せる。


「彩女、よく、姉様を…紗耶香の首を護ってくれた。感謝、する」


匠馬はそう言うと彩女の腰を片手をまわして抱き寄せた。


三人はむせびび泣く。

夜が更けるまま、時など忘れて、泣いて泣いて…涙のひと粒ひと粒に無念の想いを乗せて…

身体の中に巣食った怨念を、涙と共に引き剥がす。


見の内から切り裂かれるが如き激痛

胸を刺しつらぬかれ、頭の芯が痺れ、全身を焦がす激情

あらゆる痛みとその原因に向き合い、立ち向かい

その先にあるのぞみを信じ、明日の望みに踏み出す

弱さを受け入れ、事実を認め

足元を確かめ、ひとつひとつを踏みかため

しるべを想い描き、そこへ到達する着実な術を思考して実践する


匠馬は弥刀と彩女と、寄せあった温もりと想いに


織田信長が示し、体現したものを

平将門が育み、慈しんだものを


静かに語る。



暁の光がさす頃、三人は回廊の行き着く先にある泉のほとりで抱き合ったまま眠っていた。

泉からぽやぽやと光の球が生まれて、三人の周りで遊んでいる。


その光景にじっと見入っていた阿國は、神薙の太鼓を持ってこさせた。



とんとん


かっかっか


どんどん


かっ



いつもは勇壮な太鼓の響きも、今は優しく泉の水面に吸い込まれる。


目を開けた三人に、阿國が微笑む。


「阿國様」

「匠馬様、それに弥刀様、彩女」


片手でしか奏せない阿國は、撥を弥刀に手渡す。


「お、阿國、さま?」


光の球は更に数を増し、阿國をも巻き込んで、ふわふわ、と四人の周りを巡る。

阿國の周りに集まってくる光の球。

阿國はゆっくりと舞い始める。

つられたように弥刀が、太鼓で小刻みなリズムを生み出す。

匠馬は自分で鍛えた愛刀を抜き掲げ、彩女は薙刀を両手で捧げ持つ。


「これは、私のお役目。チカラを合わせて、お願い、ね」


阿國は静かにそう言うと、泉に入って行く。

誰も止めない、止められなかった。


「大精霊に願いたてまつる。御力みちからをお与えください…この、阿國の命と引き換えに、大いなる御力を…」


泉の水面が光を発した。

光の球は水面に踊る。

光の球が尾を引いて、残光が巨大な魔法陣を描き出す。

ふわりと宙に、魔法陣に抱き上げられるように阿國が浮き上がる。

魔法陣が阿國の足先から、ゆっくりとせり上がり、通ったところからその姿は淡く輝く粒子となって消えて行く。



光の球と阿國の粒子、魔法陣がひと際明るく白々と輝きを増して


匠馬の掲げる太刀に


弥刀の奏する太鼓に


彩女の捧げる薙刀に


それらを包んで飲み込んで…


そして、泉に静寂と夜明けが訪れた。


『覇王の聖剣』

『万感の太鼓』

『破邪の薙刀』


が、この世に生まれ出た。


「出来た、な」


セイメイは泉の対岸でその光景を見届けた。





【続】

やっと、この日を迎えました…

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