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58 朝日に向かって

壁画に記された歴史…幕間回です。

ぐったりと力尽きてへたり込んだ


タクとミュ・クー

彩姫も天を仰いで


三人とも涙腺は完全崩壊していた。


誰も本当の紗耶香の顔は知らない。

だが、タクとミュ・クーは瀧夜叉のそれとダブっていた。


「あ、あかん、わ、これ」


彩姫はなんとかチカラを振り絞って、カップに水を注いで二人に渡した。

気づくと自分も喉がカラカラになっている。


「なんちゅう…展開や。どないなってまうんやろ…」


チラと二人を見るとガックリ落ちた肩を震わせて、まだ涙を落としている。


「今日はこれまでにしとこ、な」


ひとりずつ立たせて壁画から離れたところに座らせた。

ミュ・クーはガチガチと歯を鳴らして震えていた。


そこへ桜太夫と君乃が折よくやってきた。

タクとミュ・クーの惨状、彩姫の蒼白な顔を見て只事ではないと、慌てて君乃に助けを呼ぶように言う。

比較的ましな彩姫から事情を聴き、彼女は問題の壁画のところへ、行った。


「っ!」


太夫もガクッと腰砕けになったが、なんとか持ちこたえて戻ってきた。


「太夫、あんたも無理せんでええよ」

「いえ、大丈夫です」


と言ったそばから胃液がせり上がってきた。

重い足取りは揺れていたが、なんとか隅までこらえて嘔吐した。


やがて君乃がナゴン、ユミン、雪村、リュウ等を連れて戻ってきて、全員でともかく外に出た。

ヒンヤリとした夜風が、少しだけタク達に現実に帰る手助けをする。

途切れ途切れだったが、彩姫が何があったのかを今一度説明した。


「そんなことが…ともかく、今日はベッドで寝た方が良いわね」


ナゴンの勧めにも沈黙のまま、タク達は拠点の屋敷への道を歩いた。



タクは最初の数日はベッドから身体を起こすことも、食事すら叶わない。

ミュ・クーも衝撃が和らいだのは二日後だった。

彩姫、桜太夫、ミュ・クーの食事量が戻ったのは五日後。


どんな因縁だよ


瀧夜叉…


最初のうちは唯々瀧夜叉の、あの最期が繰り返し繰り返し、今、そこで起こっていることのように切迫した映像として目の前に展開した。


桔梗の方と言い、紗耶香と言い…瀧夜叉と同じように…


日を追うごとに、次々とその情景が移り変わってタクの精神を削る。

匠馬の絶叫が聞こえる。

彼の慟哭どうこくが、悲哀が、悔恨が、タクを追い詰め、心を責めさいなむ。

タクの中に渦巻く感情は、嵐の海に浮かんだ小舟のように翻弄される。



それから一週間。

壁画には誰も近寄れなかった。

といって、それを口にすることのできる者もいない。



ふと目を覚ますと、まだ外は夜明け前。

ミュ・クーは喉が干上がっているのを自覚して、厨房へ向かう。

屋敷の中はシンっと静まり返っている。

そっと階段を一歩一歩慎重に、音を殺して降りて目的地に到達した。


ゴクゴクと飲み落とす水分が、喉にしみこむ。

少し潤うと、こんどは微妙にじわっと痛む。


ふー


っと、ひと息つく。

体温が下がってきたのか肌寒さを感じた。


まだ起きたく、ないな


ポヤポヤした微睡まどろみの残った、痺れた思考…

あれから数日たって衝撃は緩和されているが、まだいろんな意味で目を覚ましたくない気持ちが強い。


きぃ…


あれ?何か音がした…よね


気になってリビングを覗く、が誰もいない。

空耳かな、っと思いながら、まだ覚醒しきれていないぼやけた感覚で自室への階段に足を乗せた。

頬に夜明けの風が微かに触れた。

振り返ると玄関の扉が薄く開いていた。

ぼーっと見ていると、その隙間は少しずつ明けてくるあかつきの陽が差して、はっきりと細い一筋になり、やがて眩しくキラキラと光る。

ミュ・クーの暗く沈んで、霞がかった視界が、その光と共に覚醒して周囲が色彩を思い出す。

喉が詰まって、胸につかえて締め付けて、お腹に重りを抱えていた…そんなものが、すーっと溶けて行く。


「ミュ・クーはん?」


声をかけられて振り返る。


「どないしたん?こんな朝早よう…」

「彩姫、おはよう」


微笑むミュ・クーに彼女は少し驚いたように目を見張り、そして笑顔になった。


「おはようさん」

「うん」

「復活、やね」

「たぶん、そうかな…ご心配おかけしました」

「いんや、うちかて似たようなモンやと思うし」

「人ってホント、うまく出来てる」

「せやな。防御本能やな…」

「慣れ、もあるかもね」

「あんま慣れたくないねんけど」


そう言って久しぶりに二人は微笑み合った。


「で、どないしたん?」

「うん、誰か外に出てるんじゃないかな、と思って」


と、ミュ・クーは玄関へ視線を移動させる。

その視線の動きに彩姫も、ほんのわずかに閉め忘れて開いている扉を見つけた。


「どうしました?」


桜太夫が君乃と降りてきて、ふたりが見ている方向を目で追った。


「誰か外に出てるみたいね」

「ですわね…こんな朝早くから誰ですの?」

「ユミンかしら」

「昨夜は彼女が当番でしたから、帰ってくる頃ではありますけど」


四人そろって玄関に向かった。



屋敷の築山に人影があった。

朝日を浴びて、大きく伸びをしている。

当番―夜間の周辺警備―を朝番と交代して帰ってきたところで見つけた。

なんだか、とても嬉しくなって隣の雪村と笑い合った。


「タク~~!」

「ん、ユミンか、当番だったか?」

「そぉだよ~♪」

「雪村も一緒か」

「ういっす。大丈夫っすか?」

「ああ、なんかトンネルからすぱっと抜けた感じ、かな」

「まぁだぁ、ちょっと引っかかってる、よね」

「そりゃ、そう簡単には、な。だけど、いつまでも布団ひっかぶってるわけにもいかないし」

「おお~~♪おぢさんも成長したねぇ」

「褒めてくれて、さんきゅ」

「いえいえ~♪」

「あ、皆さん、起きて来たみたいっす」


振り返ると屋敷から四人がこちらへ向かって走ってくる。

タクが軽く手を上げる。


「ちょっとすっきりした顔してるね」


駆け寄ってミュ・クーが彼の顔を至近で見上げた。


「やっと、かな」

「たまにはお休みも、ええんちゃうの?」

「だな」

「ちょっと根を詰めすぎでしたわよ」

「そうかも、な」

「壁画にかかりっきりだったもんね」

「始めると、なかなか止まらないんだよ」


そこへナゴンがリュウと数人のメイドと共にやってきた。

ニッコリ笑って彼女たちは築山にシートを広げた。

皆思い思いに座り込んで、昇ったばかりの朝日の中でわちゃわちゃ話し出す。

メイドさんたちがバスケットからサンドウィッチを配り、飲み物を用意した。


「うん。いいな」


タクは向き合った真実を、しっかりと胸に納めて、そしてもう一度大きく伸びをした。





【続】

まったく…書いてる本人が鬱になる展開だったので、ちょっと小休止ですwww

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