57 壁画は語る7
残酷描写あります<(_ _)>
『狂いの種』
存在することは分かっている。
いつどうやって人体内に入って発芽、支配して行くのか、そのメカニズムは全くの不明。
その夜から夜明けにかけて、領都内の混乱は頂点に達していた。
いつ隣にいる者が狂いだすのか、誰しもが疑心暗鬼になり、その心情は戦々恐々としている。
ようやくあたりが朝日に照らされる頃、さらなる悲報がもたらされた。
『大精霊の聖域』に一番近い、巡礼者の街への攻撃を報せる狼煙。
結界に隠されていたため、直接の被害こそなかったものの、巡礼者の街に魔獣・魔人の軍団が押し寄せた。
常備軍が防衛に当たるも、唐突に現れた魔の軍団に完全な後手を踏んだ。
緊急事態に備えて、狼煙による領都への連絡はできた。
しかし、直ぐには離れた領都から応援は物理的に不能。
付近の街や砦からも出動したが、分厚く配置された魔の軍団に阻まれ、各個撃破されて行く。
「やられた!」
油断しているつもりはなかったが、日々の平穏に狎れていた隙をつかれた格好だ。
領都は狂いの種で混乱と猜疑が渦巻き、救援するにも軍団を組織することもままならない。
足元を正すことに精一杯で、解ってはいても巡礼者の街への助力ができず切歯扼腕する。
「この国の根幹にかかわる。巡礼者の街と聖域を切り離す」
「どうするの?この状況で何か出来ることってあるの?」
「敵がどの程度こちらの状況を理解しているかが問題だけど、俺が先陣を切って巡礼者の街へ向かう」
「危険よ!」
「姉さん、これで敵が釣れれば巡礼者の街から敵を引き剥がせる。それは聖域を護ることにもなるし、皆を聖域へ送り込むことも可能になるはずだ」
「それはそうだけど…」
「姉さんと阿國様で山脈越で聖域へ向かってくれ。君の御前様、弥刀を宜しく頼む」
匠馬の圧に、説得は不可能と思い、仕方なく頷く紗耶香。
「俺はセイメイ御師と巡礼者の街を正面から叩く」
「どれくらい連れて行けるの?」
「三千は既に用意できてるし、途中の街と砦で人数を糾合するから、最終的には六千程にはなると思う」
「それだけ…」
「この領都の混乱を鎮静する必要もあるしね。まぁ、近衛を中心にしているから充分な数だよ」
「死なないでよね」
「死ぬもんか。まったく誰にモノを言ってるんだか」
「なら良し。いってらっしゃい」
「ああ、皆さんを頼むな」
「任せなさい」
数日後、姉弟は微笑み合って、目的地へ向かって出発していった。
匠馬の目算通り、巡礼者の街から敵を釣りだすことに成功。
追いすがる敵を伏兵を置いて挟撃するなど、散々振り回して撃破していった。
が…
聖域の結界に入る寸前に、突如魔獣人だけで構成された強力な敵部隊が現れた。
紗耶香たちの最後尾に追いすがり、どさくさに紛れて聖域にも侵入を試みる。
阿國の太鼓、紗耶香の薙刀の他、護衛の兵たちがそうはさせじと奮戦した。
「弥刀!鼓手を変わって頂戴!」
阿國が神薙の太鼓の鼓手を弥刀に託し、自分も得物を掴んで最後尾へ走った。
現れる敵を屠り、血糊で真っ黒になっている紗耶香のところにたどり着く。
「紗耶香!」
「阿國様!」
舞うように、撫でるように、息の合った連携。
まるで旋風のような二人の攻撃は敵を圧倒する。
討ち漏らしは兵が複数人で当たって、前には行かせない気概を見せる。
中でもあの孤児たちの命を救った少女は、紗耶香から与えられた薙刀で縦横無尽に暴れまわっていた。
戦いながら阿國が紗耶香に問い質す。
「紗耶香、あの子は?」
「彩女と言います」
「荒いけど、凄いわね」
「ほんのさわりだけ手ほどきしただけですけど、ね」
紗耶香は何故かドヤ顔。
それに思わず噴き出した阿國。
ぴゅしぃぃぃいいいいい!
嫌な音が糸を引く。
阿國の得物が宙を舞った。
「!」
得物を握っていたはずの右手が、手首から諸共に消え失せ、血潮を振りまいた。
当然連携は乱れ、そこへ魔獣人が殺到する。
彩女が駆け付け大きなほころびにはならなかったが、阿國は激痛を引きずって後退を余儀なくされる。
「阿國様、下ってください!ここは私と彩女で押えます!」
既に顔から血の気の引いた阿國は、兵に助けられて聖域の中へ後退した。
周囲を確認すると、非戦闘員はすべて聖域の結界境界内へ入っていた。
「彩女、兵と一緒に貴女も中へ!」
「紗耶香様も!」
「私はまだやれるわ」
「独りで殿なんて、自殺行為です!」
すると数名の兵が並んだ。
「我々もお供いたします」
魔獣人を斬り倒しながら、兵のひとりが笑った。
「あたしも!」
と彩女が前へ出ようとする。
紗耶香は彼女の襟首をつかんで、力いっぱい境界内へ放り込んだ!
「結界!」
紗耶香の叫びに、聖域の結界が発動した。
仁王立ちした紗耶香と十数人の志願兵が、魔獣人に対抗する。
結界の中から「出して!あたしも!」と彩女が叫んでいる。
やがて霧が覆うように、結界の境界が幻のようにあやふやになって行く。
敵の攻撃に一瞬緩みを感じた。
ここぞと紗耶香が一歩前へ踏み出したとき、阿國を捉えたものと同じ音が彼女に向かった。
敵を掃討し、聖域の結界付近まで戻ってきた匠馬。
逆に魔獣人を背後から襲って斬り伏せる。
ぱきいぃぃぃいいいいいんんん
何かが割れ砕けた音が、戦闘終了の合図のようだった。
最後の一体を両断した匠馬。
「間に合ったか!」
まだ味方の兵は数名残っていた。
「ん?」
匠馬の耳に細い泣き声が届いた。
それは一拍おいて、絶叫になる。
慌ててその声のする場所へ目を向けると、少女が何かを抱えて、天に向かって泣き叫んでいた。
この世の終わりのように…
匠馬は思い出す。
あの日の自分のようだ…と…
その少女の後ろに立ち肩に手を置いたとき、少女が抱えているモノが見えた…
「う、う…うわぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
匠馬は絶叫する。
少女が大事に大事に抱えているもの…
それは紗耶香の
最愛の姉の
首だった…
【続】
鬼畜な暗黒展開…どうしてこうなっちゃうんだろう…