56 壁画は語る6
残酷描写あります<(_ _)>
セイメイの後ろ盾と君の御前、桔梗の前の支援で匠馬は養子となって将門の後を継いだ。
学ぶことは多く、ふたりめの父親を喪った悲しみも恨みも後悔も、浸ることは許されなかった。
紗耶香も弟の負担を分担する。
『大精霊の聖域』から、ドーマの去った後、周辺の各部族から推されて彼らは大領主領に移り住んだ。
「ちょっと『大精霊の聖域』から距離があるのが不安だな」
そんな思いが匠馬にある。
嫌な予感がずっと続いていた。
姉や阿國にも話したことがあった。
「御師様に相談しましょう」
阿國と君の御前が匠馬の言葉を引き受けた。
歳月が経ち、匠馬も成人する。
その頃になると周辺部族は匠馬たちに従属するようになり、集落は街となり国として成り立って行く。
『大精霊の聖域』の集落も以前将門たちが切り拓いた場所に街を造り、聖域は聖域として結界の中に隠して護り、一種の宗教的な崇拝対象に変化していった。
巡礼者がこの街に訪れ、祈る。
街に移り住んだ集落の主だった者たちが、神官になる。
彼等が認めたものが聖域に足を踏み入れ、その環境を保ちつつ修験の場となった。
君の御前は将門の娘―弥刀と名付けられた―を生み、匠馬はそれはそれは目の中に入れても痛くないほど溺愛した。
「兄ちゃま、弥刀もいっしょ!」
彼女も匠馬を慕い、どこに行くにも同行したがった。
やがて彼女は阿國に仕込まれて、祭祀の際に神薙の太鼓の鼓手として成長する。
一方、紗耶香は先の戦乱で孤児になった子供たちを引き取り、領主屋敷の一部に居住させて育てた。
「この辺から、しばらくは平和な日々だったみたい」
ミュ・クーが微笑みながら読んでいた。
「ほっとするようなぁ、何事もないと」
「ほのぼのしとるとこごめんけど、あのあたりからきな臭くなっとんで」
壁画をふたりより先読みしていた彩姫が、申し訳なさげに言った。
「あー、それは仕方がないさ。記録は大事件程しっかり保存するからな」
「せやねぇ」
「で、ドーマが戻ってきたとか?」
「それや。あの忌々しい『狂いの種』が発端みたいやね」
その単語を聞くと、タクは眉間にしわが寄って、複雑な表情になった。
将門の側室、桔梗の方は大人しい人柄で、君の御前とも仲が良かった、はずなのに…
ある日を境に性格が豹変する。
苛烈になり、小さなことでも目くじらをたてるようになった。
そして事件が起こる。
深夜、執務を終えた匠馬が寝室に戻ろうとしたとき、窓越しになにか白い影が視界をよぎった。
不審を覚えたのは予感か…
庭に降りると二階からひらひらと何かが落ちてきた。
「?!」
見上げると、開いている二階の窓は弥刀の部屋。
ぞくっと悪寒が走った。
彼は二階へ駆けあがり、弥刀の部屋の扉に手をかけた。
内鍵が掛けられているのか、開かない。
異常を感じたのか、紗耶香と阿國、君の御前がやってきた。
「弥刀っ!開けなさい!」
匠馬の声が届いているかいないのか?
中で何かが割れる音、そして金切声。
「桔梗の方?」
紗耶香が呟く。
匠馬は扉に体当たりするが、頑丈な扉はびくともしない。
「開けろっ!」
「くるなぁあああっ!」
常軌を逸した桔梗の叫び。
体当たりを二度三度繰り返す。
騒ぎで屋敷が騒然とする。
別棟に休んでいたセイメイが、呼びに行った阿國と共に戻ってきた。
印を結んだセイメイが魔術で扉の錠を破壊し、匠馬は護身用の小太刀を抜いて部屋に飛び込んだ。
悪鬼がいた。
髪を振り乱し、ほぼ白眼になった桔梗の表情は、整っているだけに余程凄まじい。
寝巻は乱れ、片方の肩と乳房が露出している。
どこから手に入れたのか、細身の太刀をだらんと持っている。
「くるなぁああ!弥刀ぉぉおお!おまえがぁああ!成敗してやるぅぅううう!
太刀を振り回し、弥刀の寝台を切り刻んでいる桔梗。
ふっ
と息を吐いて、匠馬は桔梗の太刀を打ち落とした。
「邪魔をするなぁぁぁあああ!!!!」
得物を失った桔梗はそれでも暴れ、匠馬にむしゃぶりついて首筋に嚙みつこうとした。
「ぐぅうう…」
匠馬は桔梗の鳩尾に拳を打ち入れ意識を狩った。
桔梗は床に崩れ落ち、部屋を静寂が支配する…
紗耶香が咄嗟に寝台の下に隠れた弥刀を助け出し、抱きしめた。
その場の皆の注目が弥刀に集まった。
しゅっ
鋭く短い切断音…
ごとん
鈍い重いものが床に落ちる。
シュウウウウウウウウウ…
噴水のような液体の吹き上がる音。
匠馬もセイメイも、その場の誰しもがその場に硬直した。
紗耶香だけは、床に倒れていた桔梗の動きに反応して弥刀の頭を抱いて視界を塞いだ。
セイメイが首のなくなった桔梗の切り口から、ズルズルと蔦のようなものを引きずり出した。
「狂いの種、だ」
ぎゅっと拳を握りしめた匠馬は窓の外、街の灯と共に赤い炎が数カ所で舌を出しているのを認めた.
「火事?」
ぽつりとこぼす匠馬の元へ、街の巡邏をしていた兵が駆け込んできた。
「数カ所で同時に火の手が上がりました!」
「敵襲か?」
「いえ、放火です!住人の犯行ですが…」
「消火隊は?」
「既に出ています。犯人も拘束しました、が」
「どうした?」
「全員自死しました」
「っ!」
混乱は更に続いた。
部屋に来ていた使用人の一人が暴れ出す。
巡邏の兵も、軍部内でも、街のあちこちで急に暴れ出し、狂暴化する者が現れる。
匠馬たちは弥刀を君の御前に預け、各所へ対応のために走った。
紗耶香は目を疑った。
孤児たちを避難させようと駆け込んだ先で、子供たちを殺戮する世話人を見つけた。
十数人の子供の命を奪い、ケタケタと耳障りの悪い笑い声をあげている。
普段は特に優しい大人しい女性だった。
その女性に孤児の中でも年長格の少女が、長い棒を構えて立ち向かっていた。
ガッ!
少女の振るう棒が遂に女性のこめかみにヒットし、彼女は横っ飛びに吹っ飛んだ。
紗耶香は女性を取り押さえるべく走り寄る。
すると女性は手に持った包丁を、自分の顎から頭頂部へ向かって勢いつけて刺し貫いた。
糸の切れたマリオネットのように女性はくにゃっと崩れ落ちた。
女性の死体に近寄り、じっとその傷口を見る。
「紗耶香様…」
「大丈夫よ。もう、大丈夫」
紗耶香は残った孤児たちを連れて匠馬たちのところへ向かった。
【続】