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55 壁画は語る5

壁画には第一の危機で『大精霊の聖域』へ撤退した、将門軍の生活などが描かれている。


「まぁ、そうなるよな」


聖域結界内ではあったが最外郭に与えられた生活区域は、帯のように細長く伸びるエリアだった。


「聖域についての絵はいくつか描かれているけど、この部分は確かにちょっと手薄だよな」

「せやな。全体像がつかみにくいように、部分的に分割して描かれてんけど…」


壁画に描かれる『大精霊の聖域』について詳細はない。

だが、語るうえで必要な絵はそれなりの数があった。

彩姫は聖域についての絵が描かれている場所を、ミュ・クーと君乃とで手分けしてスケッチしている。


「うまくつながらないようには描いてあるよなぁ」

「全貌が判っちゃったら、危ないもんね。聖域に関しては、ホント、扱い慎重だわ」


ミュ・クーも感心しながら手を動かしている。


「てか、セイメイ御師って、じじいだよな…」

「せやねんな。姿が見えへんのは、ドーマの狙いを妨害するためやってんな」

「まったく…なんとか言ってから消えろっての」

「いやいや、この老師はうちらの老師とは別人やで」

「あ、そうなるのか?!」

「そうとも限らないわ…」

「限らないんだ…まぁ、これってめっちゃ昔の話だしな。この時点ではここにいても、時間跳躍してるかもだもんな」

「うん。新皇国は大陸統一より建国は古いから、この後の展開は歴史よね」

「新皇国建国からの大陸統一、ドーマ封印…で、今、やね」

「ザックリ、その時系列だな…」


溜息をつくタクの視線の先には、延々と壁画が続いていた。




『大精霊の聖域』にたどり着き、土地を与えられ、仮住まいながら生活が安定してきた。

食料など生活必需品を分けてもらう代わりに、将門たち戦えるものは聖域警護を、紗耶香・匠馬は鍛冶の仕事を手伝うなどで、好意に応えた。


「外はどうなっていますか?」


聖域の長に将門が酒をみながら尋ねた。


「大領主領から黒翼山脈南麓を舐めるように各集落、小領主領を席巻している様ですな」

「今はまだ外には出られませんな…」

「そうです。迂闊に出て、ここを知られてしまっては本末転倒…とはいえ…」

「はい」


ぐっと悔しそうに奥歯を噛む将門に、長は更に出撃を控えるようにダメを押した。

それに頷かなくてはならない彼は、無念の思いが広がり、酔いを助長したようだ。


「今しばらくこらえてください」

「承知しています」


自分たち一族郎党だけの事なら、反転逆襲もしたいところだったが、今は聖域の人々も巻き込んでしまう。

それは将門にとっても本意ではない。

現状、今しばらくは耐えるしかなかった。


「それでも早晩、ここを退去致します」

「……」


長は黙って頭を下げる。

そうなのだ。

敵襲に際してここへ一旦は逃げ込んだが、かえって敵に自分たちの所在を探させることになる。

となると、この森と『大精霊の聖域』が発見されるリスクが非常に高くなってしまう。


「敵の捜索が一段落した時に、ここを出ます」

「すまぬ」


聖域の守りは固く、結界にも覆われているため、闇雲な捜索での露見の確率は低い。

だが、将門軍敗走の跡を追えば、言わずもがな、その確率が跳ね上がってしまう。

そして、守りは固くとも攻撃の手段がほとんどないに等しいのが聖域だ。

一騎当千の猛者はいるが、所詮は個人戦での優位性しか担保できない。

集団戦、殊にドーマ軍のように死を恐れずに数の暴力で圧倒してくると、相当のチカラと戦術を持っていないとり潰されるのは火を見るより明らか。


「勝ち筋はあるのですかな?」

「ないわけではありません。今回は非戦闘員を先に狙われてしまったのが敗因です」

「敵は狡猾こうかつですな」

「はい」

「ともあれ、今しばらくは英気を養ってくだされ」

「感謝します」


将門は長と夜が明けるまで酌み交わした。




黒翼山脈の中腹まで、数隊に分かれて登って行く。

聖域から大きく迂回した将門軍は、そのまま敵主力、ドーマの居城―魔王城―のある大領主領都の背後を突くように移動していた。

ドーマ軍に敗れた敗残兵を糾合、そちらを陽動部隊にして敵正面に展開させる。

じわじわと版図はんとを広げるドーマ軍を背後から攻め立てた。

戦力を分散していたドーマ軍は慌てて領都へ戦力を集める。

将門軍はその矢面に立って戦った。

息を吹き返し、散り散りになっていた各地の将兵が再び自分たちの故郷を奪還する。


時を、日を追うごとに将門軍は多くの敵と対することになった。


「損な役回りだ」


匠馬はそれでも、そんな将門に尊敬の念を持って仕えている。

神薙の太鼓の音が、そんなに遠くないところから響いている。

何度目かの波状攻撃を撃退し、敵と睨み合った。


「将門様のお呼びだ」


セイメイにそういわれて紗耶香と匠馬のふたりと阿國が将門の前に跪いた。


「おう!来たか!」


快活に笑う将門だったが、既に数カ所刀傷を負っていて、阿國とセイメイがその治癒を担っていた。


「紗耶香、匠馬。頼みがある」

「「何でしょう?」」

「匠馬よ、俺の子になってくれ」

「「え?」」

「既に出陣前に君の御前と桔梗には伝えてある」

「御前様は孕まれているかと…」

「といってな、このご時世でややこが跡継ぎでは、どうもならん」

「私では荷が重すぎます」

「そんなことはないぞ。セイメイも武士団の主だった連中も賛成している。それに御前も桔梗も匠馬ならと言っておる」


ニカッと笑った将門。

その目は真摯に匠馬を見つめている。

視線が紗耶香に移ると、彼女は諦めたように頷いた。


「匠馬、将門様のあの顔は、もう翻意させることはできませんよ」

「姉様…」

「覚悟をお決めなさい。貴方が私たちを導きなさい」


強い言葉だった。

セイメイも阿國も頷いている。


ふっ!


と匠馬は腹から息を吐き出した。


「承知しました。では、この戦に勝って凱旋しましたら、お受けします」

「それでいい。すまぬな」

「宜しくお願い致します」

「おうっ!帰ったらキッチリしごいてやるからな」


その言葉に匠馬は嬉しそうに笑った。



ドーマ軍動くの報に、将門は再び騎乗の人となる。

その両脇に紗耶香、匠馬。

前面には三段構えの将門軍。


激突、そして押し返す。


最後の一押しと、将門が馬上で伸びあがって采配を振るった。



きゅいぃぃぃぃいいいいんん



糸を引くような鋭く細い音響が、やけにはっきり匠馬に聞こえた。


「あ!」


振り返って見たとき、ゆっくりとスローモーションのように将門が落馬していった。


「匠馬!指揮を!最後の詰めは匠馬がなさい!」


姉の有無を言わさぬ指示に、匠馬は反射的に敵陣を睨みつけ、自軍を叱咤して突撃していった。




敵本陣間近まで押し込む。

巨大な魔法陣が現れ、あと一歩のところで魔王城の転移を許してしまった。


帰陣した匠馬は将門に対面した。

勝利を確信した充足した顔だった。

身体にはどこも大きな傷はなかったが、眉間に小さな穴が穿うがたれていた。


「将門様!」


紗耶香と匠馬はまたも父を目前で殺された。





【続】

将門は流れ矢で眉間を撃ちぬかれて死亡が通説です。

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