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54 壁画は語る4

森の中は森閑しんかんとしている。

小川のモノだろうか…水の流れる音、小鳥のさえずりが耳には反響するような感じで聞こえる。


紗耶香と匠馬、今日は阿國も一緒だ。

迷いのない姉弟きょうだいの歩みに、阿國も同行している。


「紗耶香です」

「匠馬です」

「ご無沙汰しています。阿國です。お話したいことがあって同行しました」


彼女たちの前には何もないのだが、紗耶香と匠馬には何かが見えているようだ。

阿國には何も見えなかったが、姉弟の視線の先に目を合わせ、ゆっくりと挨拶した。

その場で待つことしばし。


「お許しが出ました。阿國様、行きましょう」


紗耶香が阿國を促し、そのまま前進する。


ふわん…


阿國は微かに抵抗を感じた何かを通り抜けた。

そのまま、三人は黙々と前進する。

数名分の自分たちを見ている視線を、阿國は感じていた。


「大丈夫です。見てるだけです」


匠馬の心なしか揶揄からかっているような、いたずらっぽい口調。

それに彼女は微笑みで返した。



ぶぅうん…



もう一度、今度は確かな抵抗感があった。

抜けきるとそこに数人が待ち受けていた。


「ようこそ阿國様」


聖域であるこのエリアを護る一族の長が先頭に立っていた。


「改めまして、ご無沙汰しております。本日の来訪をお許しいただき感謝します」

「そこの姉弟に、先に聞いていましたから」

「ありがとうございます」

「まぁ、立ち話もなんです。我らの屋敷にお出で下さい」

「承知いたしました。紗耶香たちは好きにしてくれていいわよ」


阿國は姉弟へそう言って、長に付き従って屋敷へ向かった。


姉弟の姿は集落にある鍛冶場にあった。


「見せてみろ」


寡黙そうな鍛冶の親方に、一番最近打った刃をそれぞれ出した。


「どうですか?」


紗耶香の鍛える刃は、どちらかと言うと強靭さが特長だった。

親方はそれを長柄に刺して薙刀にする。


「ん」


と親方は完成したものを彼女に渡して、顎で奥へ行くように促した。

次は匠馬だ。

刀身は薄く細く切味重視なのが特長だ。

親方はこれを太刀に仕上げて匠馬に渡す。

紗耶香と同じ所へ行けと顎で指し示す。


ふたりが送り込まれたのは、板張りの広間―道場のような造りだった。

一番奥の一段高い所に老婦人と壮年の男が端座していた。

紗耶香が道場に入ると、老婦人が手に薙刀を持って立ち上がった。

模擬戦用の刃を潰したものではない。

正に真剣。

互いに礼をして対峙する。


ひゅっ!


破っ!


ふたりの薙刀が気合と共に一度だけ交差する。

立ち位置が入れ替わっている。

老婦人は目を細めて笑顔をつくり、紗耶香はどっと汗が噴き出したものの表情は爽やか。

次は壮年の男と匠馬。

こちらも真剣を抜き身で相対あいたいした。

男の構えが中段に対して、匠馬は上段。


てぃっ!


覇っ!


先ほどの老婦人と紗耶香のように


だんっ!


と同時に床を踏み込み、お互いに何かを断つように太刀を一直線に振るいつつ交錯した。

残心…そして、向き直ってお互いに礼をすると、男は匠馬の肩をポンと叩いた。

匠馬は嬉しそうに笑って、もう一度大きく最敬礼をした。


その夜は聖域の集落で宴席が設けられ、阿國も姉弟も主賓の席に座らされた。

村の長と阿國の話し合いは和やかに終わり、聖域と将門の集落との相互守護の約定も取り交わされたと周知された。




ぐわぁあぁぁぁぁあああああん


更に数年を経たとき、黒翼山脈南麓一帯を巨大な地響きが襲った。

唐突に大領主の城が正体不明の敵に攻撃され、一夜にして壊滅した。

真っ黒な敵は、大領主直轄の領域から真っすぐに将門の集落へ怒涛の進撃を開始する。


「この分だと数週間で、この地にまでやってくる」


将門は将兵に軍装をさせて、待ち構えた。

物見を多く派して、敵の進軍状況を把握する。

集落には数年で非戦闘員も数を増やしていた。

阿國と彼が先頭になって将門の正室や幼児をはじめとした、集落にいる戦えない者たちの避難を誘導した。

その中心に戦鼓がある。

敵の先鋒を抑えるために、大多数の精兵を率いて将門は出陣していった。


「敵はドーマだろうな」

「今度は討ちます!」

「勿論だ…が、些か進軍速度が遅いようだな」

「有象無象です」


将門の左右に控える紗耶香と匠馬は、じっと敵が現れるのをチカラをめて待った。


何か変だ…


陣形も緩んでいる?


数が物見の報告より少ない気がする…


あらゆる感覚を研ぎ澄ませた紗耶香が、はっとして匠馬を将門を見た。

匠馬と目が合った。

将門の眉がさらに険しく逆立っていた。


「紗耶香、匠馬、戻れ。ここは我らが迎え撃つ」


嫌な予感が三人共通のものだと瞬時に悟った将門の、有無を言わさぬ命がふたりに飛ぶ。

ふたりもそれに反抗することなく、馬首を後方へ向けなおしてあぶみをけった!



「ちぃ!こちらへ戦力を回してきおったか!」


彼の魔術、阿國達の戦鼓から発する波動の攻撃や支援魔術、警固の兵達が敵の急襲に対応していた。


「油断はしていないつもりだったが、見事にやられたっ!」


真っ黒な敵と魔獣はひ弱な戦えない者たちを蹂躙する。

避難していた先に敵が潜伏していたのだ。

戦いは圧倒的に不利で、そう時間も経たないうちに完全に包囲されてしまった。

将門の家族や生き残った女子供、阿國の戦鼓を内側に集め、彼―セイメイと警護兵の残存がぐるりと円陣で包囲に対処した。


多勢に無勢、数の暴力に警護の兵はひとり、また一人と生命いのちの灯を散らせて、儚くなって…逝く。


包囲された人々が、黒く塗りつぶされて行く…

流石のセイメイも阿國も覚悟を決めたとき、それを引き裂くように光が差した!


「御師様!」

「匠馬推して参る!」


紗耶香と匠馬が刃を振るって包囲する魔獣・魔人を蹴散らした!

将門から命じられた一騎当千の数騎が、ふたりがこじ開けた包囲のほころびを更に押し広げる!

そこへセイメイが魔術で追い討ちを仕掛け、阿國と戦鼓隊が先頭を走って避難民を包囲から脱出させた。


「森へ!」

「紗耶香姉様、先に行って彼らに知らせてくれ!」

「匠馬、何としてでも斬り抜けるのよ!」

殿しんがりうけたまわってそうろうっ!」


斬り伏せ、撫で斬り…獅子奮迅ししふんじん阿修羅あしゅらの如く、追いすがる黒い襲撃者を押し返す匠馬。

最早、何も感じても考えてもいない。

ひたすらに討ち漏らしなく、後ろには敵の一匹たりとも通させない、その一念…すらぶっ飛んだ。


それでも敵は湧いてくる。

目の前が真っ赤に染まって行く。

自分の血なのか返り血のせいなのか…奥歯はたぶん数本潰れているのだろう、鉄錆てつさびの味が舌を麻痺させていた。


不意に敵が消えた。

突然のことに呆気にとられた瞬間、匠馬はふわりと抱え上げられた。


「でかしたっ!」


頭上で懐かしい声がした。


将門軍は正面の敵を破って、後方へ回り込み、間一髪で匠馬を救って森へ逃げ込んだ。




「ここへも来たんだな、ドーマの奴は」


タクはげんなりした表情で壁画を見つめていた。


「第一の危難、と書いてあるな」

「まだあんのかよ…」

「残念ながら壁画はまだまだ沢山あんねんで」

「これで第二層の半分ほどか…」

「壁画の密度が半端ないわ」


当時の情景を想像するだけで、彩姫も息苦しさえ感じていた。





【続】

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