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53 壁画は語る3

ここでの暮らしは平穏に過ぎる。

彼は集落の中を歩きながら苦笑する。


「どうされました?」


阿國おくにが微笑を浮かべて問いかける。


「平穏過ぎて、落ち着かないと思ってな」

「静かです。でも、それは良いことではないですか?」

「そうなんだが、な」

「わかる気はします。あまりに争いばかりの日々でしたし、いろいろあり過ぎました」



「大精霊の聖域」と付近から言われている泉の畔に転移した。

そこには先住者がいた。

彼らは突如現れた将門たち数十名の同行者を、警戒しながらも集団での移動が出来るようになるまでは、食料や雨風をしのげる場所を貸してくれた。

しかし、受け入れて定住することは拒絶される。

とはいえ問われるままにこの地の事を教えてくれた。


泉から旅立った当初は、なかなか定住できるだけの土地が確保できず、黒翼山脈の南麓を転々とした。

結局、泉から流れる小川の畔に落ち着き、集落を開くに至る。

多少、周辺部族とはいさかいがあったものの、自分たちの窮状や害意のないことなどを説明した。

きちんと向き合って話せば、周辺部族も気のいい者達だった。

ここへ来て、数年が経っていた。

彼らはこの周辺を領地にする大領主に緩やかに帰属していた。


「皆はどうしている?」

「落ち着いて、思い思いに過ごしています」

紗耶香さやか匠馬たくまはどうしておる?」

「鍛冶も鍛錬も毎日欠かさず続けておりますよ」


阿國は集落の一角にある鍛冶場の方を見やった。

家族の仇、ドーマを倒すことを生甲斐に戦ってきた姉弟だった。


怨讐おんしゅうだけでは、ひとは生きて行けぬ。紗耶香も匠馬も明るくなったように思うが」

「はい。刃を鍛えるようになって、将門まさかど様ご家族や武士団の皆様との交流で、随分笑うことが増えました」

「織田の大殿、将門様、共に不出世の偉大なお人柄。若い者には良い教導者であろうよ」

「御師様もおられますよ」

わしか?儂はたいして見習うような良い大人ではなかろう。返って阿國にも姉弟にも教わることが多いくらいだ」


もう少しご自分を評価しても良いのでは、と阿國は思うのだが、彼―セイメイの自己評価の低さはかたくなだ。

その点に関しては、どう言っても考えを変えてくれそうにはない。


「行商人も増えてきたようだ」

「近隣の集落とも交易量は増えています」

「食料の収穫も、今年からは安定しそうだな」

「はい。危急の際の食料の備蓄も出来始めています。村を守る防壁、堀の建設に関しても、将門様の家臣方の中に専門家もいますので順調です」

「将門様もそろそろ御帰郷の頃かな?」

「そうですね、一両日中にはお戻りになるかとおもいます。伝令の者によれば、特に何事もなく大領主とも会談が出来ている様子です」

「それは重畳ちょうじょう


ある程度のインフラ整備が整うなど地盤が固まり、この地に長く定住できる見込みが立った。

そこで仲の良い部族に大領主への仲立ちをしてもらい、将門一家と家臣団の半数が警護について挨拶に出向いていた。

鍛冶小屋の前に紗耶香と匠馬の姿が見え、こちらに向かって手を振っている。

彼と阿國はそれに応えるように手を上げた。




将門が戻り彼と阿國も含め、村の主だったメンバーが集まった。


「如何でしたか?」

「特に大歓迎という訳でもないが、既に大領主殿は我々の事を承知していて、定住地にすることには了承してくれた」

「で、その顔は何か条件でもありましたか?」

「うむ。特段、無理難題というわけでもないのだが、3年後からは税を納めるようにとのことだった」

「いかほどですか?」

「独り頭、小麦5束だな」

「それならば、問題ございますまい」

「それから、隣領地との紛争時には…」


将門は大領主との取り決めを語った。

大きな問題もなく、これならと皆がほっとした表情で顔を見合った。


「最後に、『大精霊の聖域』へは立ち入らぬようにとのことだ」

「あの大きな泉のある集落のことですね?」

「そうだ」

「といっても、最初に訪れた時以来、あそこへは行かぬようにとは周知しています」

「ああ。そのことも話した。何にせよ、彼の地に一番隣接しているのが我らなので、聖域を荒らされないようにとのことだった」

「承知しました」



村の南側を走る小川―と言ってもかなり川幅はあり、水量も豊富―を辿って行くと『大精霊の聖域』のはずなのだが…

川の上流にある森に入ると多くの場合は迷い、そして同じ道をぐるぐると回って振出しに戻ってしまう。



夜、囲炉裏を囲んでの夕食後、その家に同居する皆に将門と大領主との取り決めについてなどを話した。

阿國が皆の茶碗に茶を満たすと、話し出した。


「御師様、どう思われますか?」

「結界だろうな」

「聖域に住んでいたあの者達でしょうか」

「他には思い当たる者はいないからな」

「まぁ、こちらに領土欲などないのだから、当面は放置して良いだろうさ」


紗耶香と匠馬が阿國を見て、何か言いたそうにモジモジしていた。


「お主らは時折行っているのだろ?」


彼は茶を飲みながら尋ねた。


「はい」

「もう行っては駄目なのでしょうか」


心配そうな二人に、彼と阿國が答える。


「その事は将門様にも報告済で、大領主殿の耳にも入れてあるとのことだ」

「特にお咎めはないそうだから、安心して今まで通りで良いと、お許しも頂いてます」


盛大に安堵の息をついた姉弟。


「とはいえ、外から誰か来ているときは用心するのだぞ」

「彼の地の行き方は、紗耶香と匠馬しか知らないのですからね」


姉弟は大きく頷いた。




壁画の将門一行による転移直後を描いた部分。

解読しながら、彩姫はほうっと溜息をついた。


「大精霊の聖域…こんときから、うちら一族と関りが出来たんやな」

「彩姫、知ってるのか?」

「知っとんで。大事な大事な秘密の場所や。ここでうちはおっきなチカラをもろたんや」

「へぇ~」


タクは改めてその部分の絵を、二三歩下がって俯瞰ふかんした。


作業後、彩姫をミュ・クーが呼び止めた。


「さっき、大精霊の聖域でチカラをもらったって言ってたけど…」

「あはっ、気ぃついたんやね…ミュ・クーはんは流石に一族のおひとや」

「何と交換したの?」

「さぁ、なんやろな」


ペロッと舌を出しておどけて胡麻化そうとする彩姫だったが、そこはミュ・クーが一枚上手だった。


「無理に聞こうとは思わないけど…って言うか、記憶、かな?」

「あ、バレました?」

「タクは分からないと思うけど、前からちょっと不思議だったのよ」

「あ~…ですです、幼いころの記憶、丸ごとごっそり持っていかれましてん」

「困らない?」

「困ることはないんやけど、最初に作った薬の調合とか、家族の顔やら思い出っちゅうやつはあかんです」

「そっかぁ」


聖域そのものの位置は壁画にも記されていない。

それだけ慎重に扱われていたのだろう。


彩姫は旧都宮殿遺跡の入り口を振り返った。





【続】

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