48 魔王城転移
灼熱の炉に立ち向かうまだ幼さの残る姉弟。
容赦なく叱咤する鍛冶師の養父。
真っすぐに、一心に鋼と戦い、語り、鍛え続ける。
朝と夕、魔王城を遠望して決意を毎日新たにする。
毎日、毎日、毎朝、毎夕…
まだ。姉も弟も満足なものが出来ない。
斬れる
いや、違う
斬る
という姉の意志が宿る太刀
そして
守る
否
護る
という弟の志を具現する刃
ふたりとも、数年経った今でもくっきりと思い出す母と父の最期。
「御師様」
「このまま彼奴を擂り潰せぬものか…」
歯がゆい思いはセイメイを苛む。
「焦ってもどうもならんとは百も承知ながら、まだ、悟りきらぬ己が恥ずかしい」
感情の発露は表情に現れてこそいないが、内に秘めた激情は阿國にも感じ取れた。
「まだ半分にも満たぬ。忌々しい結界が…」
苛立つ魔王ドーマにもこの状況は動かせない。
何度も結界破壊のために魔物や魔人を術者へ向けて放っているが、ことごとく返り討ちに遭う。
この時代の者たちの常人離れした戦闘力には歯が立たない。
寝返らせようにもなかなかその糸口もない。
一枚岩なのだ。
「信長、と言ったか」
暗殺系の魔人も信長に近づくことも叶わなかった。
隠密術を使っても、容易に看破される。
ドーマの黒禁魔術を部下の魔人達は使いこなせない。
が、ただ手をこまねいているわけでもない。
魔王城の地下を掘り進めていた。
地下に巨大な空間を造り魔法陣を形成して、そこから転移に必要な魔力集積を画策していた。
偶然だった。
魔王城攻略のための地下道を掘らせていた武田金堀衆のトンネルが、このドーマの地下空間の壁に穴をあけてしまった。
当然のように攻防戦となった。
ここでは守る側の魔王軍が優勢となり、どうしても縦列でしか進めない信長軍は穴から出ることも出来ない。
不完全ながら起動し始めた魔法陣によって、結界外から通じた穴を経由して魔力集積が急激に進んでしまった。
魔王城転移の予兆が始まったのは、それから数か月後。
先に姉が刃を打ち終わり、それは長柄の薙刀になった。
隠里に移住していた宮大工の棟梁が、神薙の笛、太鼓を作った。
阿國が太鼓を叩く。
その周囲に集まったセイメイの数多の弟子たちが、白装束で演舞する。
神楽を舞い、雅楽を奏し、転移阻害の結界の増強をする。
カ―――――ン
カ―――ン
振り下ろす槌に鍛えられる抜き身の刃。
一心不乱にその作業に没頭する、まだ年若い若者の鍛冶師。
どこからか微かに阿國の太鼓のリズミカルな響きが、打ちおろす槌の音と共鳴していった。
この一打
振り下ろす槌の音が、ひと際冴え冴えと木霊する
精魂込めた一刀が手の中にある
外に出ると決意のこもった目をした者が、長柄の得物を脇に抱え待っていた。
「出来た?」
「うん、出来たよ、姉様」
肩を並べて廃墟の中を歩いて行く。
小高い丘に白い巫女姿の阿國が、長い髪を風になぶられながら無心に太鼓を叩いている。
気配に気づいたか、太鼓の音が止み阿國は若き鍛冶師に微笑む。
「出来ましたか?」
「はい、出来ました」
「行きましょう、魔王を斬りに」
「うん、行こう、姉様」
「行きましょう、どこまでも一緒に」
ドーマは不敵に笑う。
「忌々しい信長に目のもの見せてくれる」
魔人と魔獣を掛け合わせ、こちらも幾多の新種を作り出していた。
転移直前にこれらを信長軍にぶつけるつもりだった。
魔王城の転移準備が完了し、魔力の充填がはじまる。
城を中心に巨大な魔法陣が黒い光を帯びて浮かび上がった。
新種の魔獣人は四方の信長陣営へ吶喊する。
「奴らはそのままでよい。いくらでも創り出せる」
ドーマはその犠牲を、犠牲とも思ってはいない。
一方の信長軍も、大殿自ら戦場で采配を振るう。
「ふん。逃げるか、木っ端魔王」
信長もドーマをここまで追い詰めはしたものの、倒しきることができずに切歯扼腕していた。
「これにてお暇仕ります」
セイメイが阿國と姉弟を従えて信長の御前に跪いた。
「追うか?」
「御意」
「是非もなし」
「ご健勝、お祈りいたします」
「ふむ、任せる」
「御意」
「達者でな」
信長側の結界が不意に解かれ、四方から騎馬軍団が魔王城に殺到した。
その数計五万。
魔法陣から巨大な黒い光の柱が立ち上がり、魔王城を飲み込む。
南方の浅井茶々率いる一軍が魔獣人の群れを引き裂いて道を作る。
その一筋の道をセイメイが率いる三百弱の一団が駆け抜けた。
中陣にあって阿國が神薙の太鼓を勇壮に打ち鳴らし、その両側前方で姉弟が自らが鍛えた刃を振るって、道に出てきた魔獣人を薙ぎ払う。
魔王城最上階からこの一団を発見したドーマが舌打ちする。
彼の黒禁呪術である無差別の強制転移をさせるには遠く、そして人数が多すぎる。
「このまま連れてゆくしかないか…厄介な」
それでも、とドーマは思い巡らせる。
あの速度なら魔法陣の影響圏内に到達するであろうが、行った先で即座に討ち果たせば良い。
魔獣人はまだまだいるし、作り出せる。
そう計算して、放置した。
「ドーマ、やはりお前の慢心癖は治っておらぬな」
セイメイは転移後の対策も練っていた。
魔法陣がひと際大きな黒い輝きを見せた刹那
魔王城とセイメイ率いる一団はその地から消え去った…
「魔獣人の掃討を急げ。討ち漏らしはするな」
信長の号令は眼下の全軍に即座に伝えられた。
【続】
魔王、どこへ転移した?