46 婚約破棄
腹部重傷のタク。
片腕を失ったアーネ。
ミュ・クーたちは廃聖廟の近くにキャンプを張って、彼らの出血が止まるように手当をする。
手傷を負った兵士にも処置を施して、キャンプ周辺をリュウと雪村が中心となって警戒をする。
本来なら彩姫が結界術で安全圏を構築するのだが、今回はタクとアーネの治療に専念する。
数日してクニカ自身が兵を率いて来た。
「今更、何の用ですの?」
桜太夫が彼と対面した。
クニカはタクが重傷と知って狼狽え、ガックリと膝をついた。
高を括っていた。
タクならば、興世の兵など一蹴すると思っていた。
それが…追手の拘束を優先した故に切っ先が鈍り、それがスキになり、深手を負うことになった。
「会わせるわけには行きませんわ」
「しかし、戻って手当せねば」
「タクやアーネ、私たちを襲って来たのは何処の何方様ですの?」
「桜太夫殿…」
普段は冷静で温厚に見える桜太夫なのに、さすがに今回は硬い表情でクニカを冷たく見つめる。
怒りの程が判ろうというものだ。
一方、ミュ・クーはナゴンと共に彩姫が行う治療を手伝っていた。
重傷者二人の状態がなんとか安定したところで、彩姫を含め三人でぐったりとしている。
「アーネの片腕は、あかんかった」
切り口がスッパリ行っていれば、接合できたかもしれない。
「引きちぎった様な切断面で、接合は無理やった…」
「彩姫のせいじゃないんだから」
「再生の魔術なんてもんが、あったら良かったんやけどな」
寝食を忘れて治癒魔術を使い続けた。
それでもアーネの腕は元に戻らない。
自分のチカラが及ばない悔恨にさいなまれ、彩姫はすっかりやつれている。
タクの方も見た目は酷かったが、はみでた内臓を押し込んで切断面をふさいだ。
出血量が多かったのでまだ目覚めてはいないが、命に別状がないレベルまでには治療できていた。
興世の追手を迎撃したあと、タクとアーネの状態が安定するまで廃聖廟近くでキャンプをした。
再三にわたるクニカの誘いにも頑として応じず、ふたりの容態が快方に向かったタイミングで新皇国から退散した。
とはいえ、ナゴンとユミン、雪村は連れて来ていた兵の半分と、そのまま現地に残って調査は続けている。
「みんな、元気でね」
白の一族隠里からアーネが旅立つ。
片腕を失ってから半年。
ショックで意識が戻った当初は無気力だった。
本心はどうあれともかく一応立ち直ったように、笑顔が戻った。
そして、彼女はタク達の許から離脱する決意をする。
「やれることは沢山あるよ」
「でもさ、あたしは銃を撃ててなんぼだし」
「撃てるじゃない」
「んー、その辺は自分でわかってるから、ね」
引き留めるミュ・クーをタクが止めた。
「アーネが自分で決めたことだ」
「タク、冷たい」
「決意は固いんだよ」
「……」
「行く宛てもあるんだよな」
「そりゃ、あるよ。それに戦えなくても、一緒に行動しなくても、まだまだ出来ることはあると思うから、さ」
「ありがとう」
少し長いハグをして、アーネは里を後にした。
興世といえば
彼は地下牢から新たにクニカが作った幽閉用の塔に移された。
「くそっ!なんで僕が!」
「興世殿下、情けないですわね」
「き、君は僕を否定するのかっ!」
「ご自分の誤りをお認めになることは、恥ではないのですよ」
「あ、誤り、だと言うのか」
「では、言い直しますわ、甘えですわね」
「!!!!」
ガッ!
彼を諫める女性が壁に打ち据えられた。
容の善い唇の端から血が滲んだ。
しかし彼女の口角は柔らかに上がっている。
宰相であり公爵である父を持つ令嬢君乃だった。
「いつからそのような愚かしくなられたのですか?」
「愚か?僕が?王太子の僕が愚かだって?」
「あら、少々不穏当な表現になってしまいましたわね、ご容赦くださいまし」
バシッ!
再び興世の拳が彼女のもう一方の頬を殴りつけていた。
そこへ今一人女性が駆け込んできて、たった今、君乃を殴った腕に縋りついた。
「桔梗、離せ!この無礼者を躾ける邪魔をするな」
「放しません!許嫁の君乃様に手を上げるなど、瀧夜叉姉様がお許しになると思われますか?!」
「あ…」
頭から水をかけられたように興世は棒立ちになり、ふらふらと部屋の隅に行ってうずくまってしまった。
「君乃様、差し出がましいことを」
「いいえ、よろしくてよ。桔梗殿、ここはお任せしますわ」
「承知いたしました」
桔梗が丸まった興世を抱きしめると、彼は子供の様にボロボロと泣き出した。
君乃は視界の隅にその様子を認めながら、小さく吐息をついた。
暴挙は断続的に続いた。
「君乃、貴様との婚約は破棄する!」
「左様ですか。承知いたしました」
嫣然と表情一つ変えない君乃に、興世は更に怒りを募らせた。
「で、興世殿下はこの後は如何されますの?」
「僕は王太子だ!」
「まだ、そのような事を…」
「桔梗っ!お前だけが僕の事を理解してくれるのは!」
君乃から隠すように桔梗を背に匿う。
彼の肩越しから見える桔梗の視線と、君乃の視線はお互いに分かりあった者同士のそれだった。
興世はその後も翻意せず、正式に廃太子の宣告を受けた。
臣籍降下の上もっとも南部に位置する小さな領地を与えられて、桔梗と共に皇都を去った。
「ドーマが残した幻惑魔法の残滓…ですわね」
「うむ」
「許せませんわ」
「済まぬ…」
「殿下にはわたくしの最も信頼する桔梗が付いております」
何も心配はありませんわと微笑む君乃。
「何と謝罪したらよいのか…」
「いいえ、陛下。謝罪は必要ありませんわ」
気丈な彼女も流石に気疲れからか、少なからずやつれて見えた。
化粧で隈を隠し、背筋をしゃんと伸ばし、クニカの前に臆せず静かに座っていた。
「もしお許しが頂けますのなら」
「なんでも言え。すべて許す」
「では、廃聖廟の調査にわたくしも参加できますよう、お骨折り頂けませんか」
「タク殿たちの調査に?」
「はい」
「それは…」
「わたくしはドーマが許せません」
「……」
「聡明な殿下をあのように狂わせたドーマを倒したいのです」
「き、君乃…」
じっと見つめあっていると、君乃の少し釣り気味な大きな瞳から涙が湧き上がってきていた。
「わたくしは、殿下を、お慕いして、おります…その、殿下をあのようにした…」
感極まって、その先を君乃は言葉にできなかった。
【続】
ちょっと流行りに乗ってみた(笑)