44 大事な想い
大陸のほぼ中央に位置する大国『新皇国』
代々その国を治めるのはショーモン王一族。
35国時代には既にあったこの国は、大陸王の統一事業の中でも一翼を担う国だったという。
当代は亡くなった瀧夜叉の父親。
この地で活動する為、一応御前に挨拶が必要だろう、ということで
皇都にある居城に一行はやってきた。
事前に雪村を走らせていたので、特に支障なく迎え入れられた。
中部三国の中では黒翼山脈に一番近く、国境を接している線は長い。
といっても鴻大河に沿って、国境としているだけではあるが…
「よくぞ見えられた。歓迎しよう」
国王クニカはそう言いつつも、表情に疲れが露わに張り付いていた。
「お疲れのご様子、我らはご挨拶だけさせていただければ」
「済まぬ。とはいえ、今宵だけはここに泊まってくれ。身内だけで話したいこともある」
「承知いたしました」
タク達はその夜、国王私邸に部屋を与えられた。
「タク、国王は…」
「病気かな」
「そんな感じがするわ」
皆が国王のげっそりとやつれた姿に、その心情を思いやった。
先の王妃は病没し、次に王妃となったシャクヤクはドーマの奸計に利用されて殺害された。
更には、目の中に入れても痛くないほど溺愛していた、一人娘で王女の瀧夜叉も…
その夜、国王クニカ、瀧夜叉の可愛がっていた弟である興世も同席しての晩餐となった。
宴が深まり、座がくだけた頃、クニカがタクの傍らに座り込み、声を落として耳打ちした。
「タク殿、儂は近々王位を興世に譲るつもりだ」
「そうですか」
「賛成してくれるか?」
「勿論です。それに、王位については俺が口を挟むことでもないし」
「ふ…娘の婿殿だ、その資格はある」
「俺にそんな資格はありません」
タクの脳裏に、シャクヤクの惨状、瀧夜叉の死に様が甦る。
瞑目する彼の肩にクニカは手を置いた。
「そなたの所為ではない」
一気に老いた王は目を伏せた。
「ドーマの野望、挫いてくれよ。それがあれらの供養になる」
「わかっています。必ず成し遂げます」
「頼む」
ふたりは固く握った拳を合わせた。
その夜、タクとミュ・クーの部屋にユミンとリュウがそっと入ってきた。
「気になるか?」
「はい」
やり取りにミュ・クーも参加する。
「興世王子、ね?」
「ああ、ずっと気になってた」
「貼り付けた笑顔って、ちょっと怖いわ」
「昏い眼をしてたな」
そこに彩姫もやってきて、話の輪に入った。
「姉想いやったしな。そりゃ、思うところもあるやろ」
「ま~だ、乗り越えてないんじゃないかなぁ」
「そうかもしれへん」
そこへ雪村と桜太夫、アーネがナゴンと共に荷物を抱えてやってきた。
「ちょっとヤバいかも!」
アーネの顔があせっている。
「クニカ国王には悪いけど、退散した方が良いな」
「ですわね」
「クニカ宛に手紙だけは置いて行こう」
早速タクは走り書きながら手紙を書くと、封をしてテーブルに置いた。
「さて、みんな、お暇しよう」
そっとタク達は夜明ける直前の朝靄の中、クニカ国王の私邸をあとにした。
「母様と姉様を見殺しに…」
興世は自分の感情を持て余していた。
それは昏い感情。
瀧夜叉とは腹違いの姉弟だったが、さっぱりして豪快な姉には可愛がられた記憶しかない。
その姉が、自刃したという。
知らせを受けたときも信じられず、遺体も見ていないからなのか未だにその事実が飲み込めない。
父クニカも軍を解いて帰国したとき、真っ先に国の留守を守った興世をねぎらい宥めてくれた。
何度も自問自答した。
事実を受け止めようともした。
遺体のない葬儀をしたときも、彼は涙を見せずに立派なふるまいを心掛けた。
でも
と思う。
なんで母様が、姉様が犠牲にならなくちゃいけないんだ?
それこそタク殿の周りにはミク殿、桜太夫殿、ユミン殿、アーネ殿、彩姫殿も侍っているのに…
ドーマがどうした?
奴が元凶でも、この世界が滅びたって…もう良いじゃないか
国の民たちの命?生活?
なるようになるだけじゃないか
であれば…と思う
抵抗するから犠牲が出る
前回の北方軍との諍いでも、兵士たちに犠牲を強いた
ドーマがこの世界を崩壊させるのなら、それは皆等しく受ける哀しみ
違う、な
ドーマが世界を崩壊させるなら、世界そのものがなくなるなら
残されたものがいないなら、誰も悲しまないじゃないか…
父様から譲位の話が出た
これ以上、父様に負担をおかけするわけにはいかないから、僕が代わる
崩壊するまでは、誰にも悲しんでほしくないから、良い治世を心掛けたい
でも
ミゴロシニシタ アイツハ ユルセナイ
タク ヲ コロス
そうしたら、彩姫殿やミク殿も僕の気持ちが解るはずだ
…
姉様は
好きな人に、愛する人の周りにあんなに女性がいて平気だったの?
なんで気づけなかったんだろう
姉様が嬉しそうに笑ってたから、気づけなかった
僕が姉様なら、きっとツラい、悲しい
タク殿を独り占めしたい…僕が姉様を独り占めしたいように
きっとそうだ
姉様が死んで、あいつらが生き残って
悲しんだ顔してるけど、きっと心のどこかで一人減って嬉しいんだ
きっときっと
そうだ
姉様の事を一番に考えているのは僕だけなんだ
父様だって、国だ民だって、あいつを友だって…
アイツラ ミンナ ナクナッテ シマエ
昏い暗い感情
興世を黒く闇に沈めて行った。
【続】