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43 誕生日のプレゼント

北部三国から始めた伝説補完の旅。

そこではこれといった成果もないまま、タクの節目の誕生日を迎えた。


「まぁ、なんだ、風土記作りみたいになってないか?」

「せやな。口伝、記述本から拾って行くにしても、なぁ」

「それはそれで意義あるとは思うけど」


タクは苦笑する。

中部二国に拠点を移したある夜、皆はタクの誕生日を酒場で祝った。


「俺、五十だよ(笑)」

「もうそんなんなるんや」

「知命とも中老とも言うな」

「中老はなんとなくわかるけど、知命いうのんはなんでや?」

「あー、すんごい昔の勉強家が書き残した有名な詩に出てくる言葉」

「ほー」

「三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る…だったな。それを略して而立じりつ、不惑、知命って言うんだよ」

「成程やね」

「で、俺も知命なんだが…天命はまだわからんなwww」

「ま、そんなもんやろね」


ワイワイと日頃の疲れを飲み飛ばす大騒ぎ。


「たまには良いもんね」


ミュ・クーも今夜は軽く酔っている様子に微笑んだ。


「たまには良いだろ」

「そうね」


タクは少し風にあたりたくなって、テラス席に出た。

そこにユミンと雪村が追いかけてくるように絡んだ。


「タ~ク~」

「出来上がってるのか?」

「まぁ~ね~」


小柄なユミンがジロリと不穏な上目遣いの視線を彼に投げた。


「おいおい、絡み酒?」

「み~んな言わないけど、み~んな、怒ってるんだよぉ~」

「え?俺、なんかやらかした?」

「ふ~ん、そういうこと言っちゃうんだ」


相当お怒りなのは分かる、でも、その原因が判らない。


「これだから男って!」

「あーユミン様、その辺で」

「なによぉ、雪村も同意してたんじゃないかぁ」

「それはそうですが」

「え?雪村にも?」


そのとぼけた言葉が火をつけた。


「なに?これまでず~っと一緒に頑張ってきたぢゃない!なのにいとま出すって!」

「って、何時の話??」

「女の記憶を舐めてもらっちゃ困るんですけどぉ」


ズイズイと迫るユミンに、タジタジのタク。


「ユミンの言う通りですわね」


そこに桜太夫も参戦。


「タク!そこに正座っ!」


アーネまでやってきて、多勢に無勢、完全にタクは白旗を上げていた。

その様子をニコニコと笑顔で傍観するのは、ミュ・クー、ナゴン、リュウと他の古参のメンバー。


事ここに至り、遂にタクは土下座で謝罪することになる。



ポロン…



見計らっていた訳でもないのだろうが、少し女性軍の気勢が落ち着いたタイミングで、弦楽器を静かに爪弾き語る美声が流れた。



つるぎ外国とつくにより流れ来た

剣を手に 乱れを鎮める 若者は

勇気を持つ者 それ勇者いさましきもの


長太刀ながたちは 剣のつがい

勇者と共に流れ来て 戦うは彼の采女うねめ


勇者の伴侶はんりょ 万感の その想いは幾千里

波濤はとうを越えて 勇者と采女と 来世まで




吟遊詩人の謡う声に皆はうっとりと聞き入った?


「おい!」

「これって…」

「まさか」


タクとミュ・クー、ナゴンが酒場の中へ、声の主を探す。


酒場の隅で爪弾き謡う吟遊詩人のそれは、既に違う語りものになっていた。


透明感のある澄んだ歌声。

白銀に輝く長い髪を、ゆったりと結って耳まで隠れている。

抜けるような白い肌。

紅玉のような特徴的で、微妙に潤んだ瞳と髪と同色の長い睫毛。

眉はほとんどないが、それが妙にマッチしている。

小ぶりな唇と愛嬌のある、少し低く小さな鼻―


その場で問い詰めたりするのは、その場の空気を悪くする。

逸る気持ちを抑えるタク達一同。

もうユミンでさえも、酔いの醒めた顔になっていた。



酒場が酔客の勢いに押され、吟遊詩人の出番が終わる。

その場を後にするのを、タク達は追いかけた。


「ちょっと待ってくれ」


彼が呼び止めた。


「はい、ああ、貴方方ですか」


少し高い澄んだ声は歌声と変わらない。

ふわりと笑顔でタク達を包んだ。


「さっきの…」

「勇者様の詩、ですか?」

「と、俺はタクと言うんだけど」

「はい、今一度のご所望ですか?」

「お願いできるか?それと、この詩には前か後に続きはあるのかな?」


吟遊詩人はウタと名乗った。

優しく微笑み、ナゴンがウタに問いかける。


「吟遊詩人でウタって」

「安直でしょ?名前がないと不便なので、そう名乗ってます」

「偽名?」

「いいえ、そもそも名前がないのです」

「名前が、ない?」

「子供の頃からですね。気づいたら歌ってました。そして歌えば食も寝床も不自由しませんでしたから」


では、と質問をやんわりかわすすように、楽器を弾き出し、先ほどの詩を謡った。


「この3節以外に私は知りません」

「そう、か」

「すみません」

「いや、ありがとう」

「この詩は、新皇国にあった聖廟の壁画に由来します」


ウタは旅の中で新皇国を訪れたとき

壊れかけた聖廟の中で、壁画に描かれた詩を見つけたとタクに言った。

もともと勇者伝説に心惹かれていたウタは、この詩が伝説を彩っていると思い、歌にしたと語った。


「その壁画やねんけど、他にも何か描いてあるん?」


彩姫の顔は、興味津々で若干紅潮している。


「そうですね、多分、いろいろ描いてあった?と思います」

「そんなに…修復不可能なほどに壊れとんのやね?」

「皇都から離れた辺境ですから…」


ちょっと小首をかしげて考えたウタは訂正するように言った。


「破壊という表現より朽ち果ててている、と言った方が正しいのかもしれません」

「さよか…」


残念そうな彩姫だったが、そのあとを桜太夫が引き取った。


「ウタさん」

「何でしょう」

「貴女は、人ですの?」


小さくウタは微笑む。


「バレましたか?私、多分、人ではないです」

「!」

「ついでに言ってしまいますと、所謂いわゆる性別もありません」


絶句する太夫、ナゴンが話しかける。


「どれほど生きてきているのかしら?」

「さぁ、わかりません。長い永い時を、この楽器と共に旅してきました」

「沢山、いろいろ見てきたのね?」

「そうですね」


ナゴンとウタが穏やかに見つめ合う。


「これからも?」

「おそらくは、そうなると思います」

「そう…もしや…ウタさんにとっての伝説は、伝説ではないのですね?」

「どうでしょう…長く永く生きてきました」


長い睫毛が微かに震えている。


うつつも幻も、私の中では過ぎ去ったものでしかないのです」

「それが続いていることでも?」

「その時、その時、刹那でしかありません。因縁の円環…大事な想い出はこの中に」


両手を胸にそっと添えて、ウタはうつむく。


「皆様のご健勝と、悲願成就をお祈りします」


そう言ってタク達に背を向けて、音もなく去って行く。


あまりに寂し気なその後ろ姿に、彼らは止めることも出来ずにただ見送っていた。





【続】

ひと、ならざるもの(笑)

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