42 聖剣の産声
魔王ドーマは苛立っている。
魔力の集束が遅々として進まない。
信長という男による圧力。
八方ふさがりで包囲されて久しい。
「こんなところで」
ギリリと歯噛みするが、するだけ無駄な行為。
敵の包囲網と未知なる何かによる妨害。
魔獣、魔人でも突破できない精強な軍団。
むしろドーマの方が遊ばれているような気にさえなる。
と言うか、最早、信長軍にとってドーマは脅威にもなっていない。
当初の包囲軍の4割程度でも、ドーマ軍を寄せ付けない。
信長も後方へ下がっているようだ。
侮られているのが判るだけに、余計に苛立つ。
とはいえ、ドーマの個としての能力は高い。
独裁するドーマの能力に依存する魔王軍は集団として弱い。
しかし、自らの失敗は認めない。
失敗の原因は他者へ転嫁して、ドーマ自身の自尊心は成り立ってしまった。
しかし、現実に魔王城の転移が可能になるほどの魔力が集まらない。
セイメイは信長より託された数十名の僧侶、神官、山伏、陰陽師、伴天連の宣教師、果ては阿國達舞姫など。
彼は彼等に魔術を伝え、鍛え上げる。
魔力を持たない者に伝えたとて、絵に描いた餅なのだが…なんと、無知なだけで、魔力を持つものは聖職者に多かった。
「というよりは、聖職者の修業が魔力を育てた、という事か」
セイメイはで不亡山の小さな御堂に居を構え、彼らに修業と術を授けていた。
「呪印が酷似しておるのは、何の符号か…」
真言密教といい、陰陽師の呪印といい、伴天連の魔術といい、歌舞音曲の持つ封魔の祝詞といい、セイメイが教授するものに違和感を抱かせない。
彼はそれにより魔王城を中心に結界を展開して、それの転移術に必要な魔力の集積を阻害していた。
信長はこの地でドーマの息の根を止めるつもりでいる。
五年の年月が過ぎた―
隠里は旧に復し、信長によって集められた業師達が移住して来ていた。
奥の鍛冶場で彼はあれから刃を打ち続けている。
鬼気迫るその姿に、ある者は怖気づき、ある者は眉を顰めた。
里の者と鍛冶師との交誼も希薄になっていた。
造っては折り、叩いては溶かし…鍛冶師の思う刃は生まれない。
彼の一念は
魔王を殺す
これだけだった。
「出来た」
鍛冶師渾身の一刀が生まれた。
巨大な刀身は真っ黒、厚みもあり、刀剣と言うよりは長大な鉈のようだった。
魔王殺しの銘をつけた太刀が完成した
という噂が信長の許に届いた。
「ほう、面白い」
興を覚えた彼は鍛冶師と太刀を検分すると、城に呼び寄せる。
「慶次、抜いて見せよ」
膂力に優れた前田慶次に、彼は魔王殺しの一刀を鞘から抜かせた。
じっとその太刀を見つめた信長は、末席に控えたセイメイを見る。
無言の彼から視線を外すと、小姓の持つ自分の太刀を抜いて前田慶次に斬りかかった。
咄嗟に慶次は信長の刃を受ける。
と、
パキン
魔王殺しは鍔元から折れた。
茫然とその景色を見ていた鍛冶師に、彼は言い放った。
「太刀は良く出来ておる。だが、邪悪に過ぎる」
「…」
「魔王を殺せず、チカラを与える様なものよ」
「!」
「痴れ者が。闇落ちし、怨念、執念で鍛えたものはこんなモノよ」
ガックリと肩を落とす鍛冶師の目は、それでも暗く燃えて居る。
「ふん、それが解らんのなら、未来永劫、その方には魔王殺しの太刀は打てぬわ」
「ぐ…」
鍛冶師の後ろに控えている姉弟を手招きする。
阿國がふたりを立たせ、信長の許へ連れて行った。
「その方らの小太刀はどうしたのだ?」
震えて言葉の出ない姉弟に阿國が優しく囁き、預けていた小太刀を小姓に持ってこさせた。
「大殿、これに」
信長は目の前の小太刀をゆっくりと抜き放つ。
「ふふ、この小太刀の方が出来が良いわ」
鍛冶師がバネ人形のように顔を上げ、姉弟の小太刀を見た。
「わかるか?」
じっとそれを見つめる鍛冶師は、ハッと何かを感じたように、表情を輝かせた。
「ふん、そんな顔がまだできるのか」
「え?」
信長は小太刀で鍛冶師の眼前に立つ。
ふっと気合を入れ空を斬った。
切っ先が鍛冶師の視界いっぱいに突きつけられた。
小太刀は彼等姉弟が打ったのであろう、稚拙なものだった。
が、その刀身、刃の輝きに鍛冶師の暗く澱んだ怨念に似た邪気が、スッパリと斬られたかに見えた。
鍛冶師は平伏する。
姉弟もならって平伏する。
「わかったのなら、今一度打ってみよ」
天から降ったような慈愛のこもった声音だった。
「はっ!」
「今度はそこの姉弟にも手伝わせよ」
「御意のままに」
信長は阿國とセイメイを連れ、小太刀を持って魔王城を一望できる天守に出た。
「覇ッ!」
気合一閃、虚空に小太刀を横一文字に斬りつけた。
「なかなかの業物だな」
満足そうに彼は目を細めた。
遠く魔王城の最上階。
ドーマの作った結界に守られた階の一角が、小さくだが斬り落とされていた。
結界が一瞬破られた感覚に、ドーマは戦慄する。
「何事っ!」
慌てふためき右往左往する魔人達。
「我が黒魔術を刹那とはいえ破ったというのか」
ドーマはギリリと歯噛みする。
「出来るというのか、『聖剣』が!」
玉座の肘掛けを殴りつけ、顔色は怒りと焦りで赤黒く変色していた。
【続】
過去に生きるか、未来へ進むか(>_<)