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古の伝説を記した文書…そんな都合の良いものが都合よく見つかるわけもなく…
彩姫は王妃と共に黒の遺跡を、それこそ隅から隅まで探し回った。
「タクはんが大陸中へ捜索の範囲を広げたって言ってきはりました」
「そう…でも、闇雲に探したところで出てくる代物でもないでしょう、ね」
「と、思いますぅ」
大きな湯殿の湯船に浸かり、ふたりは「ほぅっ」と同時に気を抜いた。
「彩姫はどう思います?」
「文書のありそうなところでっか?」
「ええ。ここまでの年月で私の知るものは変わってしまったから」
「そうですなぁ」
「大陸王の都も今は風化してるでしょうし、そもそも場所も特定できないわね」
「地形も変わってますか?」
「地図上では、随分様変わりしてるわね」
湯気に満たされた天井を見上げて、王妃は当時を思い出していた。
王宮に集めた図書類は膨大な数だった。
発明初期に制作された紙の古書から、一般に現存していた木簡、竹簡、粘土板に至るまで、集められるモノは全て集めた。
「王都大図書館…」
小さくぽつりと呟かれた王妃の言葉に、彩姫が反応する。
「そないなモノもあったんです?」
「あら、聞こえちゃった?…あったわよ。私が作った、私の趣味の産物ね」
ナゴンはその当時に集め、所蔵し、分類し、保管したことを話した。
「図書館の使命は文書を探して保管すること」
「過去に出版されたもの限定ですか?」
「そうね…少なくとも、私が飛ばされるまでは、ね」
「その後を知る者は…ミュ・クーはん?」
「彼女なら知っているかもしれないわ」
「連絡してみます」
「そうね、今はなんでも手掛かりよね」
「と、彩姫から言ってきたけど」
「知ってるわよ。随分お世話になったから」
「ああ、魔法陣作成の時、か」
「ええ、時間、空間に干渉する術式は白系統よりも黒系統に詳しいし、世界の理や因果律についても知らないことばかりだったし」
「めっちゃ勉強した?」
「したわよ」
「ありがと」
「バカ」
タクとミュ・クーは彩姫からの知らせを元に、皆と力を合わせて文書が集まりそうな場所をピックアップしていった。
「新皇国にもあるんだな」
「北部諸国にも、南部にも勿論ありますわ」
南部出身の桜太夫が気持ちドヤ顔(笑)
「大陸王統一の時に35国あったってことだけど、俺の知る限り今は10国だよな?」
「ですわね。北部3国、中部2国、南部5国」
「そこに緩衝地帯でこの黒翼山脈と、白の一族の里とその勢力圏、か」
「ですわね」
タクの知る日本地図には遠く及ばないアバウトな地図には、ザックリと国境の線が引かれている。
そして各国の首都の位置が赤い点で記されていた。
「ありそうな場所をプロットしてみようか」
桜太夫、アーネ、ユミンの他に雪村の様に、まだ残って彼らの警護をしていた南部出身者にも聞いて回った。
焼け跡、瓦礫の山―
魔物の襲撃で物造の隠里は壊滅していた。
翌日、太陽が中天に差し掛かり、鎮火し始めた頃に荷車隊が帰ってきた。
それでも生き残った者は数名いて、隠れていた場所から這い出してきていた。
鍛冶師の男の周りに生き残りが自然に集まり、呆けたようにその場に無言で座り込んでいた。
帰還した荷車隊の頭が鍛冶師の所にやってきた。
「生きていたか」
ぎょろっと見上げる鍛冶師の瞳は赤く染まっていた。
「な、ぜ、俺、は、生き、て、いる…」
頭は痛ましそうに眼をそむける。
「魔、おう、こ、ろ、す」
鍛冶師の右手に握られた太刀は、魔物の血糊で染まって固まっていた。
頭はゆっくりと柄に張り付いた彼の指を、一本一本丁寧に引き剥がす。
カラン…
彼の手から太刀が離れ、地に落ちた。
刃は刃こぼれし、血糊で染まり、歪曲していた。
霞がかった様な視界に、鈍く太刀先が光っているのが、やけに鮮明に映っている。
ふらりと立ち上がった鍛冶師は、雲の上を歩くように、頼りなく音もなく、まだ燻る里をゆっくりと
彷徨いだす。
その背中に声を掛けられる者もなかった。
自分の家だった場所に向かって歩を進める鍛冶師の耳に、微かに何か音が届けられた。
「!」
彼はその音を辿る。
半焼した隣家だった。
扉は鋭利な刃物で斜に両断されていて、彼がふらりと中に入ると、むっと血と肉を焼いた臭気が刺激した。
そこで初めて彼は「臭い」が復活した。
胃液が逆流して、その場で嘔吐した。
そして、音が、また彼の耳に聞こえた。
真っ赤な血潮が飛び散った戸棚も、上下に鋭利に切断されている。
上半分が床に落ちていた。
ふと思い出して彼は戸棚をどかして床を見た。
床下から音―細い子供の泣き声
彼は床に仕込んであった隠し扉を持ち上げた。
そこに抱き合った幼い姉弟が、泣き声を抑えるようにしながら眠っていた。
お互いがお互いの口を押え、声が漏れないように…して…
自分の息子の幼馴染だ。
鍛冶師は二人を抱え上げ、仕事場の鍛冶小屋へ連れて行き寝かしつけた。
幼子二人の寝顔を見て、彼の目から滂沱の涙が溢れ出た。
と言って、彼自身は泣いている自覚はない。
彼の握った拳。
爪が掌の皮膚に食い込み、じわりと血が滲み、床に小さな血痕をつけた。
【続】