40 信長
信長の御前―
水戸に急遽突貫工事で造られた付け城。
広い居間に彼が座り、左右に数名、男女の武将が居流れている。
信長の正面には場違いな巫女姿、僧侶姿が平伏した。
「前置き不要」
巫女装束の阿國が顔を上げた。
「魔王の狙いがわかりましてございます」
「ほう」
阿國は右側に控える僧侶姿の男をちらりと見る。
「直答許す。答えよ」
「お答えします。ドーマ奴の狙いは鍛冶師、と思われます」
「鍛冶師、だと?」
返答の代わりにセイメイ御師は、更に深く一礼した。
「仔細を話せ」
「ご理解できかねる話…かと」
「ほう」
話しても解らないだろう、と言外に示したセイメイの返答に彼は目を細める。
セイメイは頭を上げて、彼を静かに圧する。
「そして、この件につきましては、お人払いお願い致したく思います」
「ここに口の軽い者はおらぬ」
「推してお願い申す」
じっとセイメイと睨み合う信長。
その様子を固唾をのんでみつめる武将の面々。
ニッと片頬を歪めると、信長が口を開いた。
「伊達政宗、茶々、直江兼続は残れ。跡は次の間へ下がれ」
閉じた扇で三人を指し示し、他の武将を居間から追い出した。
「只の間者ではあるまい。素性を話せ。まずはそこから」
「畏まりました」
セイメイは覚悟を決めて話し出す。
「手前は大陸王王弟セイメイ。王の治世では宰相を務めておりました」
聞いたことのない名称に信長が反応する。
「大陸王?どこの王だ」
「異世界の大陸にございます」
「で、あるか」
彼は瞑目して、しばし頭の中で「異世界」の意味を反芻し、思考した。
しばしの沈黙
カッと目を見開くと、無言で続きを促した。
それからセイメイは信長に在りのままを物語った。
曰く、異界の大陸での統一事業とその後の繁栄
曰く、幸福を享受する人々の絶望が見たいがため、大陸王変じて黒の皇帝となったこと
曰く、自らを追い詰め、黒禁魔術を無効化する『覇王の聖剣』『破邪の薙刀』『万感の太鼓』という三宝物のこと
曰く、肉体を八つ裂きにしても消滅しない執念の魂を持っていたため、魂を封印したこと
曰く、長い年月の後、封印を破って復活したこと
曰く、時間と空間と世界の理、因果律を超え、三宝物制作の時期を探りあててこの世界へきたこと
流石の信長も、最初は不審に感じていた。
が、セイメイの話が進むうちに強い興味を持って捉え始める。
その間にも、彼の頭脳は驚異的な回転をし、理解し、政宗たち近侍に置いた三人を置き去りにした。
「で、あのバカ者は、己の野望を阻止したその三宝物を無きモノにするのが目的、ということか」
「御意」
「己自身でその歴史を書き換えると?」
「その様に思われます」
「真性のバカだな」
「大殿は何故そう思われますか?」
信長は茶々たちをチラ見した。
「理解が追い付いておらぬか…」
「無理からぬことかと。むしろご理解されている、大殿にこそ驚嘆いたします」
「で、あるか」
続けますか?と目で問いかける。
「しばし待て」
阿國が気を利かせて各自に煎茶を入れて供した。
ほうっと誰が漏らしたか吐息をついた。
茶を喫しながら、各々(おのおの)今の話を理解しようと努めているのがわかる。
ふと茶々が言う。
「仮に鍛冶師を害したとして、魔王は求める結果を得られるのでしょうか」
ぽつりと零された呟きに、阿國が応じ信長がからかうように対した。
「おそらく得られはしないと思います」
「どうしてそう思う」
「先ほどの御師様のお話から類推したのですが」
「うむ」
「鍛冶師を害したところで、時が巻き戻るわけではないですから」
「時は常に流れ、起こったことは事実として残り続ける。これが理よ」
茶々が揶揄するように断じる。
「それしきのことも理解できずに『魔王』とは…莫迦ですか?」
はたと政宗と兼続が膝を叩いた。
信長はそれを見て、茶室へ場所を移すように言った。
あらためて茶室に落ち着いた六名。
主人の席には曲直瀬道三がいた。
「ふん、藪医者がおるな」
「これは厳しいですな」
手元で茶筅を淀みなく操りつつ、微笑する道三。
「セイメイ御師のお話が伺えると小耳に挟み、お邪魔致した。
「耳の善いことよ」
「大殿様、そう邪険に扱わんでも宜しかろ?」
「何を言うても堪えん、食えぬ藪医者よ」
話している口調の割に、穏やかなやり取りに阿國も苦笑いしていた。
道三はこの遠征に従軍し、傷病兵をセイメイや阿國と共に治療している。
鄙びた茶碗がその場の皆に渡り、静かにそれを喫して行く。
椀が道三に戻ると政宗、兼続が先ほどの内容を整理するように簡潔にまとめ、信長とセイメイに確認する。
道三は些か呆れたような口調でセイメイに語り掛ける。
「それで手始めに一番近い蔵王の隠里を襲撃したということですな」
「でしょうな」
「今後も続きましょうや?」
「何度かは試すと思います。が、二度同じ手は使えぬと悟ってはいるのでは、と」
茶室の潜り戸を、ほとほとと鳴らす者がいた。
兼続が近寄り、戸は開けずに聞き取る。
ふっと吐息をしてニヤリと笑いながらその場の面々に向き直った。
「同じ手を使ってきました」
唖然とする茶々に、更に続ける。
「陽動です。飛翔する魔物を西側に出し、囲みの薄い東側から、隠形の魔物が陸路の突破を試みたようです」
「で、あるか」
「ですが、佐竹様の陣正面を横切ろうとした際に、巡回していた真田子飼いの猿と霧に露見、これを討ち取ったとのこと」
満足そうにうなずく信長がセイメイに問う。
「他の地に転移、するであろうな」
「おそらく」
「どこへ行くと思う」
「時を遡るか、場所を移動するか…」
「どちらを選ぶか?」
「今はわかりません。ですが、まだ先です」
「ほう」
「まだ必要なチカラが溜まってはいません」
「ふむ」
「あの城ごと移動するには、時間があまりたっておりませんので」
「成程。転移の兆候は分かるか、セイメイ」
「術式展開始めれば、分かります」
「で、あるか」
彼は少しの間瞑目して思考する。
「セイメイ、動きあり次第知らせよ」
「御意」
「茶々、いつでも動けるよう準備怠るな」
「畏まって候」
「政宗、兼続、軍議を開く。手配せよ」
「「承知」」
その夜―
信長は魔王城を遠望する。
「木っ端魔王、この時代に来たことを悔やめ」
故意か偶然か…
彼に向かって真っすぐに飛んでくる黒い影に、懐から出した短銃の狙いをつけた。
撃鉄が起こされ、静かに引き金が落とされた。
タ―――――――ン
静寂に銃声が尾を引いた途端、影は頭部を四散して墜落した。
「この第六天魔王に歯向かうなど、己の器量を知れ」
【続】