38 追憶
タクのリハビリを兼ねて、やっと白の一族の隠里にやってきた。
想うところがありすぎて、決めてからもなかなか動けなかったのだ。
雪村を黒の遺跡警護に留守番させていた。
万病に効くと伝えられる天然温泉が湧いていた。
「ふわぁ~」
タクは温泉に入った後の火照った身体を投げ出して、無数の星の瞬く夜空をぼーっと眺めていた。
「お疲れはとれましたか?」
「まぁ、ね」
一緒に入っていたリュウが隣に座った。
「あんだけ頭使うと沸騰するからな」
「傍で聞いていただけですが、確かに理解するのは大変です」
「だろ?」
「で、タクさんは誰なんですか?」
「お、いきなり核心を突く質問」
「皆さん、言わないだけです」
「ああ、優しいというか何と言うか」
タクはそのまま星を眺めながら
「俺はタクだよ」
「そう、ですか」
「けどね、あー厨二的に言うと前世?の記憶が無数にある」
「前世、ですか…って無数に?!」
「何十人分だろうね…最初はトゥーク王子」
「あ、そうなんですね」
「うん。トゥーク王子が飛ばされて、それから転生を重ねて、いろんな人生を歩んで、時にはトゥークの記憶も蘇ったりもしたみたいだね」
「随分他人事ですね」
「そりゃ、さ、俺自身の記憶じゃないから」
タクが続ける
「もう少し仮説の立証が出来たら、ミュ・クーにも皆にも話すよ。だから…」
「はい、ここだけの話にしときます」
「まぁ、別にバレてもどーということはないんだけど、ね」
「確かに早いか遅いかだけですもんね」
「そうそう…と言って、実は~なんてさらっと言うもんでもないしな」
ぐいっと水を流し込む。
「まぁ、何気にみんなわかってる気もするし」
「……」
「正直、まだ彼女の死をみんなはまだ飲み込めてないし、タイミング、かな」
翌朝―
散歩がてらタクは一基の墓の前に来ていた。
そこへリュウが改まった顔をしてやって来た。
「あの…」
「ん?」
「母様の顔は覚えてますか?」
「勿論、忘れないさ」
タクの前にある墓は、ハルニーナのもの。
彼女はタクが最初に渡ってきたとき、深く情を交わし合った女性だ。
彼はリュウの母親でもあるハルニーナの笑顔を、今でも鮮明に思い出せる。
向日葵のような、太陽のような、底抜けに明るい笑顔だった。
健康的な褐色の肌に、艶やかな髪。
弾力のある大きめの乳房、抱き合うと包み込まれるような安心感。
少しハスキーではあるけど、低すぎない耳に心地よい声音。
それを紡ぎ出す唇は上品に艶っぽい。
最初の渡りと戦いの後、どれだけ彼女に救われたか、癒されたか…
そして、
俺を庇った彼女を死なせてしまった。
「謝って済むことじゃないけど」
「今更謝ってほしいとも思いませんし」
「そか」
「です」
ハルニーナは『ミク』の前に鼓手を長く務めていた巫女でもある。
「ところでリュウの親父はまだ行方不明なのか?」
「どこで何を、というか、生きているのか死んでいるのか」
「まぁ、そうだよな」
「亡くなった族長の弟だよな」
「そうです。全部投げ出して消えました」
「あー」
「無理に何か言わなくて良いです。もう随分前から諦めてます」
リュウの言葉は強がりでもなく、ごく普通に平静を保って発せられた。
と、そこへ雪村が慌てた様子で入ってきた。
「どした?」
「ショーモン将軍からの文が届きました。返答不要とのことです」
「やっぱりそうなるわな」
「離反ですか?」
「そこまでではないだろうと思うけど…」
そう言いつつ若干緊張した表情でタクは開封して、内容を黙読した。
息を飲みながらその手元を見つめる雪村に笑顔を向けた。
「敵対はしないが、もう俺や白の一族とは袂を分かつってさ」
「ドーマの脅威には?」
「今はその気配がない以上、国を固めるってよ。まぁ、多大な犠牲を払ってるし、これ以上付き合わせるのも申し訳がないし」
「では」
「ああ、このままでいいんじゃね」
「ですか」
「他の南方軍も、こっちの北方軍も、一度解体して帰国したほうが良いだろう、と思ってるんだ」
「頼むは白の一族だけですか…」
「だね。雪村もその気なら帰郷しても良いよ」
「ですが!」
「そういうのは良いから。雪村がしたいようにしてくれよ」
黙って聞いていたリュウも、雪村に微笑んだ。
「ここまで一緒にやってくれて感謝してるんだ」
「リュウさんまで!」
「もの凄~く、助かった。ともかく時間かけて考えた方が良いと思うよ」
「は、い」
不承不承の感じで、頬を膨らませて雪村は一旦引き下がっていった。
「ちょっとキツイ物言いだったかな」
「いえ、あれで宜しいと思います」
意外と冷静に対応したリュウに、タクは苦笑いした。
「太夫、アーネ、ユミンは?」
「今は温泉に行ってます」
タクはついっとその方向に視線を動かした。
「ここからじゃ見えませんよ」
「別に覗きがしたいわけじゃないさ」
「男の浪漫なんでしょ?」
「おい」
「小さいころ、タクさんにそう教えられました」
「いらん事、覚えてるんだな」
小さく笑い合った二人は、一族の長―今はミュ・クーが務めている―の邸に向かった。
「やはり、お三方にも暇をお与えに?」
「選択肢として、だね」
「荒れるんじゃないですか?」
「泣き出すかもな」
「わかってて話すんですか?」
「まぁ、すぐにってわけでもないから」
「いつ頃話すんですか?」
「いろいろ彼女たちの中で納まりが出来たら、かな」
「では」
「うん。もうちょっと時間は置いた方が賢明だろうね」
ぽんと自分の太腿を叩いて
「俺が聖剣を振り回せるようになったら、位だね」
「だいぶ先ですね」
「まぁ、その間に、彩姫からもいろいろ知らせてくるだろうし」
「ですね」
タクはふと皮肉な笑みを片頬に刻んだ。
「どうしたんですか?」
目敏いリュウがその表情に疑問をもって尋ねた。
「ああ、ドーマの奴は自分のやろうとしていることで、望むものが本当に手に入ると思っているのかな?って思ってさ」
「といいますと?」
「時間遡行という行為と、その結果がどういうものか理解してるのかなぁ…なんて」
「え?」
あはは、と笑うタクをリュウは不思議そうにみつめた.
【続】
小休止的な?