34 驕りの結果
まだ彼の頭の中は大混乱を続けている。
数多の記憶の錯綜、氾濫はいつになったら鎮まるのか?
「ご、ごめん。もう少し寝かせてくれや」
『タク』は桜太夫にそう言いおいて、またもや気を失うように眠りについた。
波濤を乗り越え大船団が銚子の港に接岸した。
別動隊の船団も仙台沖に姿を現した。
阻止したくとも軍団は動けず、いたずらに敵の優勢を上乗せして行く。
「あれは何だ!」
ドーマの苛立った怒鳴り声が城全体に鳴り響く。
四方から迫る旗、幟、喊声。
ドーマの黒禁魔術で先陣こそ薙ぎ払ったが、十重二十重に魔王城を取り囲む軍勢には、さしたる損害とも言えない。
歯噛みするドーマに物申す臣もおらず、独裁の弊害は明らか。
そして
強烈な威圧の気が、ドーマを直撃する。
「ぐっ!」
ギロリと睨むその先に、肉眼では見えないはずの距離に、敵の総大将を見た気がした。
黒い西洋風の鎧兜、裏地の真っ赤なマントを翻し、漆黒の巨馬に騎乗する男。
「何者だ…」
思わず怯む自分の心を自覚し、愕然とその方向を凝視する。
信長は馬上で泰然と魔王城を、静かに眺めていた。
その両脇には茶々、隻眼の政宗。
「これで魔王などと自称するか、片腹痛し」
小さく片方の口角があがった。
「茶々、蹂躙せよ」
「承知っ!」
敬愛する叔父の下知に、勇躍、彼女は自分の一軍を動かした。
はじめは緩やかに、そして徐々に早足になり、駆け足になると、その一団は魔物・鬼人の群れに錐を揉みこむ様に突っ込む。
「政宗っ!鉄砲隊!」
「畏まり!」
轟音と共に銃口から鉛玉が幾千、幾万と一斉に発射され、異形の軍団を薙ぎ倒した。
その惨状はドーマの逆鱗に触れたが、彼をもってしてもその攻勢を、一歩の前進すらも留めることはできなかった。
恐れは伝播する。
茶々の襲撃で軍団の一角が崩れ、魔物の一匹が背中を見せると、あとは総崩れとなる。
それは北の戦線も、東の戦線も同じ。
魔王城へ逃げ込んでくる。
「城門を閉じよ」
「まだ残っております」
「構わぬ!卑怯惰弱な者など、足手まといぞ!」
ドーマは魔力を練り上げ、極大魔法を詠唱する。
「ふん、最後っ屁か…」
信長の下知を待たず、各方面の軍団はその場で停止したうえ、一気に退却。
「ほう、茶々もやりおる」
戦線の最深部まで到達していた茶々の一軍も、馬足を飛ばして迂回し撤退。
それを見てドーマも詠唱を中断した。
なんとも見事な逃げ足に、極大魔法を撃っても然したる被害を与えられずと判断した。
それからは睨み合いになった。
固く城門を閉ざした魔王城。
信長は即席ながら付け城を構築して包囲の手を緩めない。
どころか、前線の軍団を交代で休ませる余裕までみせる。
包囲戦半月後―
「其方、名は何という」
彼の前には真田幸村、直江兼続がいた。
炯炯とした眼光は嘘偽り、虚言を吐くことを許さない。
「魔王は何を目的としている」
正直それは彼も知りたい。
「魔王は独裁していて、我ら家臣にも何も言いません」
「それを信じろと?」
「我らは命ぜられたことを淡々とこなす道具です」
「あの不思議な力はなんだ」
「黒の魔術です」
「黒の魔術…どんなことができる」
彼は兼続と幸村に『黒の魔術』と『黒禁魔術』について、問われるままに答えた。
「其方も術は使えるか」
「黒の魔術は使えません」
「ほう…では違う魔術でもあるのか?」
「これはうっかりしました。そう…左様です」
その時、信長が姿を見せた。
「何ができる」
「傷の手当、兵士の支援などはできます」
「ほう、他に直接戦いに有用な術はあるか」
「ございません」
「で、あるか」
信長は数名の巫女装束の女性を数名呼び寄せた。
「お前はこの者たちと怪我人の手当をせよ」
「?」
「二度は言わぬ。さっさと行け」
彼は信長に素直に従い、後方の集落で怪我人の手当に従事した。
「どう見る」
唐突な信長の問いかけに、ひとりの僧侶が答えた。
「本物の魔法です」
「で、あるか」
「御意」
「翻意はあると思うか」
「およそ言動に不穏なものはございません。多少の信はおいても差支えはなかろうかと」
「で、あるか」
「薬学の知識についても、我らや伴天連の者も一目置いてございます」
「なれば学べ」
「御意」
しばらく後のある深夜。
魔王城から黒い影が闇に紛れて飛び立った。
さすがの信長軍も見逃した。
空を飛ぶ、という概念がなかったための油断。
黒い影は北部軍を超え、蔵王山脈へ向かっていった。
そして、その地に隠れ住む物造りの一族を襲った。
知らせを受け北部軍の一部が駆け付けたときは、既に一族は村を留守にしていた者を除いて全員斬殺されたという。
タ―――ン
夜陰に乗じて帰城しようとしたその飛翔していたモノは、雑賀軍の精鋭に発見され全て撃墜された。
傷病者の看護をしていた巫女装束や山伏装束の者達と共に、その村を男は訪れた。
「酷い有様だな」
幼い子供も老人も無差別に殺されていた。
そここで、戻ってきた村の生き残りが、哀しみの中に沈んでいた。
「あれは…」
哀しみと共に強い怨念に近い気を放っている者がいた。
「鍛冶師、得物師、楽器師です」
彼はハッとして、それを教えてくれた女性を見た。
「阿國殿…」
「御師様、魔王はこの村の何を狙ったのでしょう…」
「わかった気がする。大殿にご報告せねばなるまい」
御師と呼ばれた彼は、死者を埋葬して瞑目した。
「行こうか」
「承知いたしました。セイメイ御師様」
【続】