表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/92

33 覚醒

― 黒の遺跡 拠点 ―




膨大な記憶が掘り起こされる。


何人分の記憶だろうか?


最早その人数を数えることも出来ない。


脳が沸騰する。

最大容量まで掘り起こされると、不要なものから削除されてゆく。




な、なんだ、これは



『卓』は繰り返される人生の記憶に眩暈めまいを覚える。

そして胃は言うに及ばず、体中の液体全てが沸騰し、逆流する。



異常なまでの苦しみ様に、ミュ・クーも桜太夫も、ユミン、アーネも雪村もすべも知らない。

正に『卓』は寝台の上で七転八倒していた。

意識は勿論ない、と思われる。

全身が痙攣けいれんし、白目を剥いて瞼から血の涙を溢れさせ、口からは胃液をまき散らした。


「ミュ・クー!『卓』殿はどうしたんだ!『狂いの種』か?!」

「違う、と、思う」

「では、これはなんだ!」


ユミンもアーネもその惨状に腰を抜かして座り込んでいる。


「いけません!舌を噛んでしまいます!吐しゃ物で喉を詰まらせてしまう!」


ミュ・クーの指示で、桜太夫と雪村とで『卓』を押さえつけ、吐しゃ物を掻き出し、猿轡さるぐつわを噛ませた。

しかし依然『卓』は寝台上で痙攣をおこし、更に暴れまわった。

涙まみれ、吐しゃ物まみれの太夫が、彼を寝台に縛り付ける。


こめかみの血管が膨らみ、小さく亀裂がはいって出血し始めた。

固く握った拳の指が掌を傷つけ、爪と手のひらとからも血がにじむ。

ミュ・クーは必死に治癒魔法をかけ続けた。




なにが起こってるの!

『卓』さんの身に何が!



長い時を生きてきたミュ・クーでさえも、こんな状態の人を見るのは初めてだった。

思索など出来ない程に『卓』の異常な状態は続いた。





― ダンジョン洋館最奥ラボ ―



それは突然だった。

それまでいつもの通り冗談を言いながら、彩姫の作業の手伝いをしていた『タク』が棒立ちになった。

異常に気付いた『美玖』が彼に駆け寄り、バッタリと、前のめりに倒れるのを彩姫がかろうじて受け止めた。


「どないしたん!」

「ちょ、大丈夫?」


彩姫の腕の中でかすかに口を動かす。


「瀧…夜叉……死ん、だ」

「な、なんてっ?!」


彩姫が問い返したが、既に彼の意識は遠のいていた。

途端に全身を突っ張り、硬直する。


「あ、あかん!早くマットの上に寝かせるんや」


彼女は更にリュウやチームメンバーを使って『タク』を押さえつけさせた。

その様子はあっちの『卓』と同じ状態。

隣室で休んでいたナゴンもやってくる。


「どうしたことです?!」


誰も明確な答えは持ち合わせていない。

彩姫は治癒魔法を『タク』に施し、男性メンバーは暴れる彼を押え、舌を噛まないように『美玖』が「ごめんね」と繰り返しながら猿轡を噛ませる。


カッと見開いた『タク』の目は眼球上転した上に血の涙が溢れだす。


「どないしたん!『タク』!しっかりしぃや!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、彩姫は『タク』に必死に呼びかけた。





『タク』と『卓』は同化していた。



あれから三昼夜の間、『卓』の衰弱が激しい。

暴れる回数、頻度が徐々に少なくなってきた。

大人しくなるたびにミュ・クーと桜太夫、ユミン、アーネが交代で口移しで水分を彼に与え続けていた。


暴れ苦しむ『タク』も、衰弱して行く。

彩姫、『美玖』が必死に手当てをする。




この風景は…

ああ、懐かしい…王城のテラスから見える、城下の景色だ

穏やかな微風が頬を撫でる

母と兄と叔父上と…



転瞬



ここは宝物庫、か

あれが『覇王の聖剣』

偉大な父ですら選ばなかった太刀


ふと呼ばれた気がした

聖剣に呼ばれた?

一歩二歩と聖剣に近寄り、太刀の柄を握った感触

吸いつくように、身体の一部のように馴染んだ感触



刹那



目前に魔物の群れが迫る


「父上!母上!」


叫んだがその口を誰かが押さえていて叫ぶことができなかった

巨大な炎が目前を覆った


ふと見ると

その手に槌を握っていた


カ―――――ン

カ―――ン


振り下ろす槌に鍛えられる抜き身の刃

一心不乱にその作業に没頭する


どこからか微かに太鼓のリズミカルな響きが、打ちおろす槌の音と共鳴する



この一打



振り下ろす槌の音が、ひと際冴え冴えと木霊こだまする


精魂込めた一刀が手の中にある


外に出ると決意のこもった目をした者が、長柄の得物を脇に抱え待っていた



出来た?

ああ、出来た



肩を並べて廃墟の中を歩いて行く


小高い丘に白い巫女服が、長い髪を風になぶられながら無心に太鼓を叩いている


気配に気づいたか、太鼓の音が止んだ



出来た?

出来た


行きましょう

ああ、行こう

行きましょう、どこまでも一緒に




王妃ナゴンは彩姫が起動させた魔法陣に立っていた。

と、予兆もなく魔法陣から虹色の光の柱が立ち上がった。


「な、これ、なんや!」


彩姫の慌てた声。

と、隣室の『タク』の全身が虹色の光に飲み込まれる。




ミュ・クーは虹色の光に包まれた、寝台の『卓』を驚愕の目で見つめていた。




『タク』と『卓』の輪郭がブレる。

虹色の光が更に輝く。

目を開けていられる者は誰もいなかった。



光の集束



『タク』がゆっくりと目を開けた。

『卓』が身じろぎをする。


『タク』の顔を覗き込む顔は『ミク』のミュ・クー、桜太夫、ユミン、アーネ、雪村。

『卓』の視界に映ったのは彩姫、リュウ、そして見知らぬ女性。




「は、はは、おはよう」


『タク』と『卓』は時と場所を隔てて、同じセリフで覚醒した。









【続】

次弾装填(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ