32 ドーマの悪戯
『覇王の聖剣』
『破邪の薙刀』
『万感の太鼓』
大陸を統べる三大宝物。
大陸王が35の国をまとめるその更に遥か昔から、黒翼山脈に安置され隠匿されていた。
それを手にしたものが、大陸に覇道を推し進めると伝えられていた。
誰が造ったのか、どうしてあるのか
は誰も知らなかった。
しかし、その守護を任されていたのは『白の一族』
伝承の宝物の実物が、まさか数年に一度「白の一族』の豊穣祭で使われていたとは思ってもいなかった。
ドーマが大陸統一の旗を揚げ、その妃に『白の一族』であるナゴンがなったことで彼はそれを手に入れた。
とはいえ彼は遂に『覇王の聖剣』の主にはなれず、『破邪の薙刀』はナゴン王妃を選んだ。
『万感の太鼓』は、やはり『白の一族』のひとりを鼓手に認めて、数々の戦場に赴いた。
― 黒の遺跡 ―
正気に戻ってからというもの、苛立ちが修まらない。
やたらに戦いに逸り、仲間を危険にさらし、味方を死地に赴かせる。
それも、まったく大義名分のない戦いに、だ。
今になれば、それがすべてわかるだけに、不甲斐なさも情けなさも悔恨と共に胸を刺す。
なにより彩姫と桜太夫、ユミンは早い段階で正気に戻っていたことが悔しい。
『ミク』や北方軍はおかしくすらなっていなかったことに、気付きもしない迂闊さに歯噛みした。
「それを言ったら、あたしもショーモン将軍も同罪よ」
アーネも日課の銃の手入れをしつつ、やはり悔しそうに呟いていた。
ガリッ
ヤケ食いのように夕食を食べていた瀧夜叉は、奥歯で何かを嚙み砕き飲み込んだ気がした。
ったく、何か入ってた?
ついてない…
自分に対しての怒りで、目元に涙が滲んだ。
・
・
・
深夜
得物を振り回す瀧夜叉に『卓』、ミュ・クーたちが対峙していた。
「瀧夜叉っ!太刀を下ろせ!!」
「うわあああああ!!!!」
型も何もあったもんじゃない。
遮二無二、彼女は太刀を叩きつけていた。
既に作業に従事していた現地雇いが数名深手を負っていた。
「ともかく、取り押さえろっ!」
『卓』は左右から桜太夫と突進した。
太夫の太刀が瀧夜叉のそれを弾くと、『卓』がその隙を縫って瀧夜叉の鳩尾へ拳を突っ込んだ。
確かに手応えがあった。
が、それでも彼女は止まらない。
弾かれた太刀を強引に手元に引き寄せ、太夫を吹っ飛ばす。
同時に『卓』へ太刀を振り下ろした。
タ――――――ン・・・・・
銃声が響き、アーネの放った弾丸は瀧夜叉の利き腕の肩を撃ちぬいた。
静寂が辺りを包む…
はっと棒立ちになった瀧夜叉の目は正気を取り戻していた。
キョロキョロと周囲を見る。
背を壁に打ち付けられて血を吐いている桜太夫。
撃たれる間際に『卓』の左肩に振り下ろされ、肩に食い込んで鮮血に染まる太刀。
「あ」
「瀧夜叉、大丈夫だ!」
「うあ…あたしは……な、なにをっ」
「落ち着け!大丈夫だ!」
銃創を押えたまま、ガックリと膝をついた彼女は咆哮のような叫びを上げた。
『卓』は肩の太刀を投げ捨てて、それでも必死の笑顔を作って瀧夜叉に歩み寄った。
「あ、あた、し……」
下を向いた彼女の焦点が合わない目が笑顔の『卓』、そして自分が斬りつけた傷からあふれ出る血を、茫然と見ている。
『卓』の手が彼女の撃たれた肩に、優しく撫でるように触れたときだった。
彼女の瞳は燃え上って、打ち捨てられた、『卓』を傷つけた太刀に向かって駆け出し、拾い上げ…
「やめっ!」
彼の制止の声がすべて終わる前に…
瀧夜叉は自らの喉を掻っ切った!
傷口から盛大に血が噴き出し、容の良い唇からも血の泡が溢れ何かを言ったように見えた。
一瞬だった。
誰も動けなかった。
魅入られたように、倒れた瀧夜叉を、ただ見つめているだけだった。
「ドーマ…」
皆の硬直を解いたのはミュ・クーの声だった。
「ドーマ?」
「そうよ…『狂いの種』…よ」
ミュ・クーは血の気を失った瀧夜叉に近寄り、喉の切り口から何かを引きずり出していた。
細い細い蔓だった。
「この子は、これを殺すために…」
「治癒魔法…」
「ごめんなさい、これでは無理、よ」
瀧夜叉自ら掻き切った傷は、首を皮一枚のこしているだけだった。
「ドーマがこっちへ飛ばしたんだと思う」
「術が解けた報復…」
「多分、ね」
ミュ・クーと桜太夫の声が『卓』の耳に反響する。
その後のやり取りも水中で音を聞いているような、くぐもった音になって行く。
ドーマ…ふざけんなっ!
瀧夜叉自決のショックと自分の出血とで、彼は気を失った。
ミュ・クーは『卓』に治癒魔法を施し、寝台に寝かせた。
「しばらくは安静にさせないと」
「ですわね」
「貴女だって軽傷じゃないんだから、ほら、こっち来て」
桜太夫にも手当をしながら話し出した。
「あの『狂いの種』は黒魔術の産物よ」
「……」
「アーネは?」
「瀧夜叉を葬ってます」
放心状態でアーネは瀧夜叉の亡骸を葬った。
「絶対、仇は討つから」
墓標を立てながら、彼女は瀧夜叉の死に顔を思い出した。
無念とも満足とも、相反する思いのどちらともとれる表情だった。
なんであんな顔ができるのよ
アーネは唇を噛んで、明け始めた空を見上げた。
【続】
精神的に病む話ですみません…