29 遺跡の真実
― 『黒の遺跡』教会 ―
正面のステンドグラスに向かってミュ・クーが手をかざした。
魔法陣がステンドグラスに重なって、それは音もなく崩壊した。
「こりゃ、俺達じゃ見つけられないな」
背後で苦笑いした『卓』に振り向いて、ミュ・クーは微笑んだ。
ステンドグラスがなくなって通路になっている。
無言でミュ・クーを先頭に『卓』、リュウと桜太夫、瀧夜叉とアーネ、ユミンと雪村の順に進んで行く。
間もなく行き止まりの先に、球体の部屋が眼下に広がった。
「あそこにドーマを封印したの」
中央部に内側から破壊され、捻じ曲げられた球体の鳥籠。
「結界牢の効力があそこだけ断ち切られてる」
ねじ曲がった部分を指して、ミュ・クーは唇を噛んだ。
「内側からってことは、自力で破ったってことか?」
「うん、そうね。力を溜めて、根気強く穴をあけて、そこを手掛かりにこじ開けたって感じだわ」
「執念だな」
「まぁ、出たはいいけどチカラを使い果たしたかな」
ミュ・クーは部屋にある空気を感じていた。
「ホント、執念ね…そして盗掘にでも来た人間に憑依した感じ?」
「憑依?」
「というか、身体を乗っ取ったんでしょうね」
「ミュ・クーみたいにか?」
「そう、ね…結果だけなら同じね」
「あ、いや、ごめん。責めるつもりはなかったんだ。そっちは納得ずくなんだもんな」
「いいのよ…でも、全部終わったらちゃんと返すわ」
「なんかごめん」
ミュ・クーは空間を確認したことで納得したのか、来た道の反対側に回った。
「ここからも邸の研究室に行けるの」
そう言って再び手をかざすと、音もなく壁が口を開いた。
研究室は例の魔法陣以外何もない部屋のことだった。
「で、どうする気だ?」
「情報の共有がいるかな…」
「まぁ、そうだろうな。あっちのその後がわからないし、太鼓の波動がどう影響しているかも知りたいな」
「あっちまで届いているか、もね」
「届くように打ったのか?」
「波動に魔術を付与したから届いてるとは思うけど、実際どの程度の効果があったかは…」
「だよなぁ…」
「で、正確に向こうに渡ることはできる?」
「この魔法陣、私が創ったのよ」
「おおおぅ。失礼しました」
じっと『卓』とミュ・クーを睨みつける瀧夜叉は、ここに至るまでまさかの無言を貫いていた。
「不本意かしら?」
桜太夫が彼女の耳元で囁いた。
瀧夜叉はぷくっと頬を膨らませて、不貞腐れたように横を向いた。
その様子を『卓』は横目で見て溜息ひとつ。
「気にしないで」
アーネは彼とミュ・クーに申し訳なさそうに小さく会釈した。
「お子様思考なので、許してくださ~い」
ユミンまでが些か不穏な発言。
「誰がお子様だっ!」
「そういうところ、だよん」
「むぐ…」
そんな戯言の応酬の間にミュ・クーは、『卓』に断って別室にリュウを連れて向かった。
そこへ光司がやってくる。
「どっから来たんですか!」
「あそこ」
入ってきた隠しルートの入り口を親指を立てて教えた。
未知の人間が来たことで、瀧夜叉が殺気立っていた。
「ちょ!この子、こわっ!」
光司は後ずさった。
「誰だ、こいつは」
「光司だ。斥候職だよ。留守番がいるって話したよね?」
「そう、だったか?」
「瀧夜叉さん、ちゃんと話を聞いておいて下さい」
むっと口元を引き結んで、また横を向いてしまった。
「どう致しますの?」
「うん、誰かに向こうへ渡ってもらおうと思う」
「俺っ!行きます!」
「光司…わかったよ、行ってくれ」
「あと、状況をきっちり把握しているメンバーも行ってほしいかな」
「二人も行けますの?」
「そこは聞いてみないと、だな」
「行けたとして、光司さんと何方にしますの」
「うん、俺が行ければ良いんだけど、それは避けた方が良いかな」
「なんでだっ!お前が行って、『タク』が戻ってくれば良い!」
「瀧夜叉さん、今の俺が二人いる状況は、ほとんど偶然だけどこれからの闘いにとっては得難いアドバンテージなんだよ」
「どういうことだ?」
「同じ思考ができる司令塔が二カ所同時に存在するなんて、ラッキー以外ないだろ?」
「それは、そうだけど」
「そこは分かって頂ける、と」
「馬鹿にしてるのかっ!」
「いやいや、褒めてるんだよ」
「そ、そうか?」
さらっと『卓』に褒められて、ちょっと嬉しそうな目元をした瀧夜叉。
「どう致しますの」
「う~ん…リュウくんかな」
「そうなりますわね」
連絡組の人選がほぼ固まった時に、ミュ・クーが戻ってきた。
「向こうの『タク』と彩姫に手紙書いてきたわ」
「ふたり送れる?」
「大丈夫」
「んじゃ、リュウと光司を渡します」
「そう、わかったわ」
ミュ・クーはリュウに
「あちらに王妃ナゴン陛下がいるかもしれません。拝謁を賜ったなら相応の礼を忘れないように」
「承知しました」
「ちょい待ち!王妃ナゴンって、大昔の人だろ?」
「そうね、でもそれ言ったら私も大昔の人だけど?」
「ミュ・クーは魂だろ?」
「ナゴン陛下は石化の魔法で眠って頂いたの」
「石化って、それで生きてられるのか?」
「そうね~…あっちで言う冷凍睡眠的な?」
「生命維持も可能なのか?」
「できるわよ」
「了解。んじゃ、頼むよ」
ミュ・クーは魔法陣の中央に喜び勇んで立った光司に相対し、起動した。
続いてリュウに手紙を託し、彼も送った。
「なぁ、ミュ・クーさん」
「な~に」
「全部、洗いざらい話してくれ。小出しはもうなしで頼む」
「そうね、その方が良いわね」
「ここへ来るまでは皆結構動揺してたから遠慮してたけど、もう瀧夜叉さんも落ち着いたみたいだし、ね」
ミュ・クーは残ったメンバーを別室へ誘導した。
なんとそこは庭園のようになっていた。
「じゃあ、ここで話しましょう」
ミュ・クーは大陸王ドーマの足跡から話し始めた。
【続】
サブタイトル、考えたくないっす…この辺のセンスはなっしんぐです(泣)