27 手紙
ドーマの城が消失してから早1年、首都の復興は急ピッチで進められている。
一体どこに隠れていたのか、人々が湧いて出てきた様に感じられる。
「どこの世界も政を生業にする輩は、立ち回りが上手いものやね」
ドーマが支配していた時は、姿さえ見せなかった政治家たち。
いなくなった途端に現れて、我が物顔で人々を動かしている。
「唯々諾々とそれに従う連中も大概だな」
『タク』は心底呆れたように復興中の街を眺めていた。
かろうじてドーマの居城跡にあった転移陣は、彩姫の手によって模写することができていた。
ダンジョンは『タク』のグループがその入り口を閉じ、ナゴン王妃の魔術で秘匿できた。
ダンジョンの洋館を根拠地にして、完全に地下活動となる。
今日も今日とて彩姫の解析作業が行われていた。
休憩時間にラボの片隅にメンバーが集まる。
お茶と『美玖』の作ったクッキーを食べてつつ話し合う。
「どないする?一旦、向こうに行ってみるってのも手ぇやで」
「ドーマの残した転移陣の解析は?」
「あー、黒禁呪術はうちら白の一族にはなかなか難解なんや」
「えっと、根本的に成り立ち、理論が別物なんだよな?」
「せや。根っこのとこから理解せんと間違ってまう」
「その辺を理解してるのは…」
そこまで言って溜息。
「老師か…」
「やね」
「ふむ。で、魔法陣の方は?」
「そっちは順調や。ある程度は制御可能なとこまでは、やね」
そこへナゴン王妃がやってくる。
「どうですか?」
「王妃陛下、やっぱ黒禁呪術の解析は厳しいですね」
そう言いながらクッキーを差し出すと、嬉しそうに王妃はそれを手に取る。
「正確に解かないと、大きな齟齬を生みますから、これは時間がかかりましょう」
「そうようです」
「そもそも黒魔術の基礎的な文言、理論体系等は白の一族とは相いれないものですし、仕方ありません」
「鍵は老師ですか、ね」
「もう一人いますよ」
「あ、ミュ・クーという二代目の鼓手ですか」
「そうです」
「といって、生きているのかどうかもわからないんですよね…」
「残念ながら、私を眠らせてからの彼女の行動は分かりません…ですが…」
「むこうの『ミク』ですね?」
『卓』は天を仰ぐ。
彩姫がこっちへ来たときはまだ幻惑の呪術は生きていて、監視らしきものもまだ継続されていたという。
確かにあの『万感の太鼓』の波動で色々解呪されている可能性は高かったが、無防備に向こうに渡るような大きなリスクは避けたい。
向こうの『ミク』とミュ・クーという女性の関係性も推測でしかない。
その時、コンソールのある部屋から『美玖』が走ってきた。
「急に動き出したわ!」
同時に彩姫が魔法陣の起動に気付いた。
「なんか来よる!」
『卓』は警備チームに応戦の用意をさせ、ナゴンも『破邪の薙刀』を、彩姫も杖を構えた。
魔法陣が描画に沿って光を放ち、間もなく中央に集束して行く。
光の柱が立ち、その中に影が現れた。
「敵じゃないっす!」
光の中から叫ぶ声。
「光司です!斥候隊の光司です!」
やがて光の柱が消えると、そこには光司が立っていた。
魔法陣が続けざまに光りだす。
光司は中央部分から外れて、『タク』に駆け寄った。
「リュウさんが来ます!」
更にひとり、リュウがそこに立っていた。
「リュウ!」
「『タク』様!彩姫様!ご無事でしたか!」
リュウと『タク』はガッチリと握手して再会を喜んだ。
視界に王妃を認めると、リュウはその足元に片膝を付き臣下の礼をとった。
「ナゴン王妃陛下でございますね?」
そのままの姿勢で頭を下げたまま、リュウは口を開いた。
「左様です。貴方は?」
「『万感の太鼓』鼓手、ミュ・クー様配下のリュウ、と申します」
「頭を上げて、楽になさい。私はもう王妃でもないですよ」
リュウはその言葉に素直に従い、立ち上がった。
『タク』は『美玖』が出してきた椅子に、リュウと光司を促した。
「ミュ・クー…って言ってたな」
「その通りです。あちらの『ミク』様の魂はミュ・クー様が主体になっています」
「で、『ミク』の魂は?」
「今は奥底で眠られているそうです」
「なぁ、『ミク』は身体を強奪された、っていう認識で良いのか?」
「そこは違うとのことです。『ミク』様とミュ・クー様とで決めた、と」
「そこんとこは、ちょっと疑わしい、かな?」
厳しい表情になった『タク』にナゴンが言葉をかける。
「ミュ・クーは信頼に足る人物です。疑うのは最もですが、信じてやってくださいませんか?」
「王妃陛下のお言葉ですが、本人を見て話すまでは…」
「せやけど、こうしてリュウはんと光司はんを送って来はったんやで?」
「それは必要ならすることだろ?」
彩姫の口添えも『タク』には効果はなかった。
「とはいえ、向こうの俺は信用しているんだな?」
リュウと光司に目を向けると、ふたりは頷いた。
「で、手ぶらってわけじゃないんだろ?」
「勿論です。手紙を預かってきました」
リュウの差し出した手紙の封を切り、数枚に亘る『ミク』とミュ・クーの筆跡を目で追った。
『タク』は後半の数枚を彩姫に渡した。
不思議そうに『タク』の手に残った数枚を見ると、彼は苦笑いをした。
「こっちは『ミク』からだ。日本語だから彩姫は読めないよ…それに私信だ」
納得したように微笑んだ彩姫は、渡された内容を読み下していった。
【続】
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