26 ミュ・クー
『卓』が雪村と共に老師の庵に返ってきた。
散々帰りたい帰りたいと駄々をこねていた光司だが、魔法陣を起動できる彩姫がいないのでどうにもならず…
結局のところ魔法陣を見張るために『黒の遺跡』に残った。
「で、彩姫は渡ってしまった、ということですの?」
「だね」
「あの方は、本当にご自分の探求心に正直ですこと」
桜太夫は呆れたように嘆息する。
「向こうからお帰りになる気配もないのですね?」
「ああ、だからあっちでどうなってるのかは皆目わからない」
「困りましたわね」
「まぁ、そのうち満足して戻ってくるだろ」
「あの、『卓』さんのその呑気加減はどうにかなりませんの?」
「性格だから、諦めて」
「まったく、どっちの卓さんも困った方ですわね」
そうこうしているうちに知らせに応えた『ミク』がリュウを連れてやってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
彼女の顔を見て小首をかしげる『卓』
「どうしたの?」
「なんて言うか、『ミク』さんの雰囲気変わったかな」
「あら、鋭いわね」
太夫が口をはさむ。
「この鋭さがいつもあれば宜しいのに」
「あー、無理」
即答の『卓』に彼女はがっくりと肩を落とした。
一通り『黒の遺跡』であった経緯を話し善後策を練る。
「どうしたんだ?」
ニコニコと微笑む『ミク』に、『卓』は不思議そうに尋ねる。
「あれが動いたのは偶然かもしれないけど、時の必然だったのかもって思って」
「ん?『ミク』さん、あれって…魔法陣の存在を知ってた?」
「うふっ」
「ちょっ!どういう」
謎めいた微笑みを浮かべた『ミク』の視線は桜太夫に向けられた。
小さく太夫が頷く。
リュウは『卓』、雪村以外の警護で控えていたメンバーを庵の外に促した。
「聞かれたくない話、らしい」
「現状ではあまり広がってほしくない話ですから」
リュウはそう言って唇をきゅっと引き締めた。
「で、どんな話?」
「ちょっとすぐには理解できないかもしれない話」
「ふむ」
『ミク』は自分のなかに魂がふたつあって、本来の『美玖』の魂は眠っていると告げる。
「となると、貴女はだーれ」
「動じないのね」
「これでもラノベ大好きの厨二だからね」
「いい歳して」
「年齢関係ないし、ヲタは正義だし」
「清々しく開き直ったわね」
「で?貴女はだーれ?」
「私はミュ・クー。白の一族、『万感の太鼓』二代目の鼓手。そして大陸王第二王子トゥーク殿下の妻、よ」
「凄いことをさらっと言ったね」
「でも動揺のかけらもない貴方は大したものね」
「おほめ頂き光栄です…てかさ、俺にとってとんでもないことを立て続けに体験してるわけさ。今更、どんな非常識なことが起こったって驚かないさ」
『卓』はふんすとドヤ顔。
苦笑いしたのはミュ・クーだけだはなく太夫も同じ。
目を白黒させているのは雪村だけだ。
「雪村、諦めろ。まだまだこれからも、信じられないことが起こると思ってた方が無難だぜ」
水を一杯、一気飲みして落ち着いた雪村に言葉をかけた。
「さて、この話の流れだと『黒の遺跡』に逆戻りかな?」
「察しが良くて助かるわ」
「まーねー。誰でもそれ位はわかるっしょ」
「確かめたいことがあるの」
「今、聞いても?」
「ごめん。あっちに着いてからでも良いかな」
「へいへい。で、今度は少し人数増やすのか?」
「そーね…あちらで現地調達するわ」
「おっけー。どの位人数いる?」
「作業員的な人員を十人ほど」
「ほい。雪村、先行して募集しておいてくれるか?」
「承知しました。募集に際して注意する点はありますか?」
それにはミュ・クーが答えた。
「信仰的に偏りのない人ね。できれば口外無用の契約魔術を受け入れらる人」
「難易度が一気に上がりましたね。わかりました、リュウさんご一緒いただけますか?」
リュウがミュ・クーに伺うように見ると、彼女は小さく顎を引いた。
「わかった。いっしょに行く」
「助かります」
雪村とリュウはその場から再び『黒の遺跡』へ向かって旅立った。
それから『卓』は桜太夫を伴い、駆け付けたユミンと三人で撤収作業中の終わったショーモン軍陣営に向かった。
軍を解かれた大多数の将兵は立ち去っており、残っている主だった人物は瀧夜叉とアーネ位になっていた。
「表情が硬い」
「ユミンさん、そりゃそうでしょ」
「瀧夜叉とアーネに会うから?」
「会わなくて良いんだったら気軽なんだけどね…瀧夜叉さんってのは難物なんだろ?」
「うん…いきなりはないと思うけど、一応応戦の準備はしたほうが良いかも」
「あー、殴られるのは嫌だな」
「大丈夫ですわ。わたくしもユミンもいますし」
「ははは…はぁ…胃が痛い」
「説明はわたくしがいたしますわ」
「そうして下さい」
やがて陣営が目視できるところまでくると、ユミンは「二人を呼んでおきます」と言いおいて走り去った。
『卓』達が一番大きな幔幕に入ると、彼めがけていきなり一人が距離を詰めてきた。
「わっ!」
仰け反った『卓』と距離を詰めてきた瀧夜叉の間に桜太夫が割って入る。
「そこまでですわ」
「太夫!」
「はい」
「『タク』が戻ったの隠してたのか!」
「いいえ。話ができないので腰をかけて落ち着いてくださいませ」
「これが落ち着けるかっ!」
「はいはい」
にこやかな圧にさすがの瀧夜叉も腰砕けになってストンと床几に腰かけた。
「こちらは『卓』さんです。同じ人ですけどわたくし達が知っている『タク』さんとは違います」
「どういう事だ!さっぱりわからねぇ!」
「いちいち喚かないでいただけます?それではお話が出来ませんわ」
「むぅ…わかった」
「アーネさんもよろしいですか?」
「了解です」
「ではご説明します」
桜太夫は『卓』を改めて紹介する。
その内容に毒気を抜かれたように唖然とする瀧夜叉とアーネ。
「てぇと、『タク』であって『卓』ではない?」
「太夫~、わかんないです」
ふたりは理解不能で疲れ切ったようにガックリと項垂れた。
「なぁ、瀧夜叉さん、アーネさん。よっく俺を見てくれよ。知ってる顔かもしれないけど、いろいろ違うだろ?」
「う~ん。確かに体つきとか違ってひょろひょろだけど…」
「ひょろひょろって…そりゃ鍛え方はかなり違うんだろうけど
けど、まぁ、現実は今見てる通りだ」
彼は続けた。
「これから俺たちは『ミク』達と一緒に『黒の遺跡』へ行くんだ。君たちはどうする?」
同時に顔を上げたふたりは異口同音に応える
「「一緒に行く」」
彼はニコリと笑顔を見せて頷いた。
【続】
次なる展開へ向けて、GO!