22 魔法陣についての考察
― ダンジョン内洋館最奥ラボ ―
「おっそろしく複雑やね」
「それを解いたから来たんだろ?」
「あっちの術式の方が洗練されとった」
「おい…」
「そうや、こっちがオリジナルで、あっちにあるのは進化したもんやね」
「あっと、ていうことは…こっちでこの転移魔法陣の原型を創って、あっちへ飛んで進化させたものを創ったのか?」
「せやね。どっちも一方通行やけど、こうして対にすることで双方向の行き来が出けるようになった感じやね」
彩姫が来てから約一週間。
詰めに詰めて、解析に没頭して魔法陣の術式解読に漕ぎつけた。
「で、どうするんだ?」
「んー、どうしたらええと思う?」
あっけらかんと質問に質問で返す彩姫に苦笑い。
「そない言えば…」
「ん?」
「魔法陣に掛かりっきりやったけど、ちょいちょいあっちの石板も見とったんや」
「ああ、心当たりでもあるのか?」
「大胆で乱暴な推測なら、あんねんで」
「あの石板の女性は誰で、なんの為に彫られて残されているかってことか?」
「せやね」
「穏やかな表情だよな。なんか面立ちってのかな…懐かしい感じがするんだ。古い女神とかかな?」
「女神はん、なぁ…てか、向こうの部屋にあるのは」
「やっぱり『破邪の薙刀』か?」
「と思うで。こっちやっつけてから調べよ思ってん」
「で、この女は?」
「大陸王王妃ナゴン陛下やないかな」
「え~っと、なんでこっちに、あっちの伝説上のひとが彫像になって残ってるんだ?」
「ドーマがこっちに来てるんと、関係あるんやないか?」
「これを探してるとか?」
「どうやろ…その線は薄いように思うし」
「あ~、確かにそうだな。それだったらこのダンジョンをこんな長い期間放置してないよな」
「と思うわ」
「なぁ、ドーマはなんでここへ攻めてきたんだろ」
「それ、謎やねんな」
「奴はひとをいたぶって悦ぶような変態野郎ってことは、前の時に分かったけど」
「わざわざここへ来る必然性が思いつけへん」
「しかもどうやって、さ」
「それはドーマの使う『黒の魔術』にそういう転移系のものがあるんやろ」
「都合いいな」
「うちらの使う『白の魔術』とは体系がそもそもちゃうねん。わかっとらん部分が多いんや」
「なるほど」
「幻惑魔法、幻影魔法とか精神干渉系の魔法や魔物を召喚したりもするんや、転移系を使えるて考えた方が自然やないか?」
「魔物の召喚、か。どこから引っ張ってくるんだ」
「うちに聞かんでほしいわ。それこそドーマに直接聞かんとわからんわ」
「ふうむ…『黒の魔術』、やっかいだな」
「てか、ドーマって理屈わかって使っとんのかな」
「え?」
「ちょっとそんな気がしただけや」
「そういう術式だから使ってる…道具的感覚ってことか?」
「うちらが掛けられた呪術かて、常識や思い込み、願望を利用しとるやろ?術式そのものを理解しとったら、改変してもうて深層心理の根底から歪曲させるんやないか?」
「成程な。ちょっと強度のある切欠ひとつで術が破れるとか、使い勝手はあんまりよろしくないか」
そこまで話し込んでから、ふと彩姫は表情を改めた。
「どうした?」
「あっちの魔法陣、な」
「うん」
「もうちょい調べな正しいこと判らんのやけど」
「妙に口ごもるな、らしくない」
彼のからかうような口調に彩姫は苦笑する。
「随分、いろいろ溜まってるようやね」
「こっちでは迂闊な話ができないからな。で、なにかあっちの魔法陣に問題でもあるのか」
「問題、というとちょっとちゃうんやけど、どうも行き先の指定は2カ所あった感じやねん」
「2カ所?」
「但し、不明な方はホンマに一方通行というか、片道切符みたいな気がすんねん」
「そりゃまたリスキーな…」
「追尾って感じやな…まだ憶測やけど」
「追尾?誰かを追いかけたってことか?」
うーんと唸る彩姫。
「普通に考えるとドーマか?」
「それは違う」
「というと?」
「ドーマはここ十年程の間に現れたんやけど、魔法陣を最後に起動させたんはもっとも~っと昔なんや」
下で唇を湿して彼女は続ける。
「第一、ドーマがこっちに現れるっちゅうことは想定外や」
「おっと俺も混乱してるな…確かにそうだな」
「ちゅうことは、そんな昔にどっかに飛ばされた、もしくは渡ったモンがいてたんやと思う。魔法陣を創った魔術師は、その人の行き先が判らんよって、追いかけるために術式こさえたんやないかな」
「確かにそう考えた方がすっきりだな」
「そこで問題なんが、誰が、誰を追っかけるために創ったか、と、ここにも行き先指定されとる理由やな」
「別々の目的があった。で、あっちの魔法陣は完成形だから、人探しの為に完成術式を流用したって感じか?」
「せやろな」
「そして疑問は元に戻る、と」
ふたりは顔を見合わせて盛大に溜息。
そこへ食事を持って『美玖』がやってきた。
「あら、どうしたの?」
「手詰まり感満載なんだよ」
「魔法陣、解けないの?」
「いんや、そっちは順調やねんけど、創った理由がわからへんねん」
「あ、そっちなんだ」
弁当を広げながら三人の会話は他愛のない話に流れて行く。
「ねぇ、彩姫さんは隣の部屋の何とかいう薙刀?を持てないの?」
「うちがか?」
「彩姫は武道の心得はあまりあるほうじゃないからな」
「あ、『タク』、そんなことあれへんで」
「まぁ、杖で近接戦闘はしてたか…」
「わっ、戦う魔術師なんだ」
「せやで、ここ最近は後衛ばっかりやったけど、元はアーネが後衛でうちが前衛してたんやで」
「だな、忘れてたよ」
「じじいになって、物忘れ酷くなったんちゃうの?」
「ひでぇな…うん、確かに確率は低くてもやってみる価値はあるな」
「挑戦してみよか」
「ああ。『白の魔術師』直系だろ?可能性は俺達より遥かに高いかもな」
食事が終わった三人は隣接した広い部屋に入った。
台座に置かれた『破邪の薙刀』に、彩姫が歩を進めた。
「ほな、挑戦してみるわ」
柄を握る。
「!」
彩姫の表情が明らかに変わった。
「大丈夫か!?」
『タク』が下から声をかけると、彩姫はニコリと笑った。
「どうやら、うちが選ばれたみたいや」
「はい?」
彼女は両手で薙刀の柄を掴み、台座から軽々と持ち上げた。
すっと力感もなく構える彩姫。
『破邪の薙刀』は彼女の体の一部ように、しっくりとその手に馴染んでいた。
【続】