21 時空を飛ぶ
魔法陣から彩姫が現れた。
『タク』を認めると抱き着いた。
「どうやって?」
熱い口づけを交わして後、何気にむくれている『美玖』を置いてけぼりにして彼が尋ねた。
「あっちにも同じ場所と魔法陣があったんや」
「な!」
「てことは、こっちからひとり飛んだ奴がいるんだが」
「大丈夫や。元気にあっちの『卓』、リュウ達と一緒にいるし」
「無事だったか」
安堵の吐息をその場の全員が同時に吐いた。
「同じ場所と言ったか?」
「せや。といってもこっちはいろいろ物が置いてあんな」
「向こうは何もないのか」
「空き部屋やね。盛大に魔法陣が一面に描かれておるけどな」
「それは御覧の通り、こっちも大差ないよ」
『タク』はその場の皆を紹介する。
「ほえ…こっちの『美玖』はんなんやね」
「ん?」
「なぁ、『タク』。この『美玖』はんは『タク』最愛の『ミク』と一緒やと思うか?」
「おい、変な言い回しだな」
「よ~~く見てみ。そんで頭の中の記憶を掘り起こしてみ」
「それは…」
『美玖』をもう一度しっかり見た。
そして向こうにいる『ミク』と重ね合わせる。
「!」
「わかったようやね」
「ああ。別人、みたいだな」
「認識齟齬の幻惑呪術的なモンや思う」
「俺にか?」
「せや、あっちでかけられてたんと思うで」
「いつからそんな状態だったんだ…」
「それはまだわからんけど」
「謎が深まるばかり、だな」
「深まるっちゅうか、錯綜しとるように感じるんや」
「錯綜?」
「なぁ、『タク』」
「改まって何だよ」
「『タク』はいつから『タク』やったか覚えとる?」
「は?なんだよその禅問答みたいな質問は」
「禅問答?はわからんけど、まぁ、そもそもの疑問やね。『タク』は聖剣になんで認められたん思う?」
「あ?それは…呼ばれたから?」
「ちゃうて。なんで『タク』が呼ばれたんやってことや」
「それは、俺が知りたいな」
「やろ?理由がわからへんのや」
「確かに、そういうものだ、って思い込んでたな」
彩姫と『タク』の問答を『美玖』達は唖然として聞き入っていた。
「あの…さいき、さん?」
おずおずと『美玖』は小さく挙手した。
「ほい、なんやん」
「今の話だと、私とあっちにいる『ミク』は別人なの?『タク』と『卓』は?」
「そっちはおそらく同一人物やね。で、『美玖』はんと『ミク』は別人や」
思考が追い付かないのか、『美玖』は目を白黒させている。
「あっちの『ミク』がどの程度わかってるのかは、まだわからん。ちゃんと問い質してへんしな」
「ん?事情を『ミク』は理解してるってことか?」
「いや、そこはまだ推測の域をでぇへんし」
「彩姫は『ミク』がわかってると思ってるってことだよな」
「せやなぁ、な~んとなくやけど、そんな気がするんや」
「どうしてそう思う?根拠はなんだ?」
彩姫はにっと笑った。
「とりあえず、場所を変えへん?ここで立ち話も何やろ」
「あ、ああ、それもそうか…斥候くんの無事も分かったことだし、一旦拠点に戻ろうか」
「そうしてくれると有難いわ。ちょっと確かめたいこともあるよって」
「お、おお」
『タク』はメンバーに拠点への帰還を告げた。
― 館 ―
あの壮行の宴の翌深夜。
考え抜き創り上げた魔法陣は確かに起動した。
が、セイメイの言った通り、神の領域を侵犯するような企ては一朝一夕では成就しなかった。
ミュ・クーは何処とも何時とも判別できない場所に飛ばされた。
目を覚ました時、彼女は天蓋のついた寝台に寝かされていた。
周囲は唯々白い壁。
「生きてるのね」
心なしか残念そうにそう呟く。
部屋にある唯一の扉が開かれた。
年の頃は40歳ほどの女性だった。
長い袖が妙に印象に残る…特に左袖。
「目が覚めましたか」
「貴女様は?」
「あなたはミュ・クーですね」
「私をご存じなのですか」
「そうね…歳は重ねているけれど、面影は残っていますね」
そこまで話してミュ・クーはその女性を知っていることに気付いた。
「王…妃様?」
「あら、覚えていてくれたのね」
「ドーマに消された、と」
「正確には飛ばされたの。時間と空間、世界の理と因果率を捻じ曲げて、ね」
自分がやろうとしていたことを、ドーマは数十年も前に実現していたことに驚愕した。
「といっても、ただ闇雲に飛ばすだけです」
「黒の禁呪術には、そんなことも出来たのですか」
「理屈ではないと思うわ。あの化け物にそんな思考はないと思います」
「と言いますと?」
「ただ、目障りなものを消し飛ばす、程度の認識だったと思うわ」
「!」
王妃ナゴンはそう言って寝台のミュ・クーの脇に腰かけた。
「貴女はどうやってここへ来たのかしら?白の魔術にはない概念だと思いますけど」
「創りました」
「そう…頑張ったのですね」
彼女はミュ・クーを抱きしめた。
「ここの時間の流れは、貴女方の生きていた時間と違います」
「時間の流れ方ですか」
「ええ。貴女の姿は私の年齢を超えているように見えます」
確かに王妃の姿は消えたときからは若干老いてはいたが、ミュ・クーより若く感じた。
「貴女の体力が戻るまでにはしばらくかかると思うわ」
正直、寝台に体をおこすのがやっとの状態だった。
ここまでの会話で、息も切れてきた。
「体力が戻るまで無理はしてはいけませんよ」
ナゴン王妃は優しく微笑むと彼女を寝かせた。
「時間はたくさんあります。まずは身体を元に戻しましょうね」
添い寝をして、ほとほととゆっくりしたリズムで軽く肩を叩かれて、ミュ・クーは温かな気持ちで眠りに落ちた。
【続】
ヒロインは誰だ!(笑)