表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/92

20 一途な想い

王子は父親にして不倶戴天の敵の首を刎ね斬った。

が、手に残るはずの感触がない。


「届かぬと言うたではないか」


不敵に笑う声が王子の頭に直接響く。

落ちた首には不気味に口角を歪めた表情と、精気のこもった眼力。


「首を斬っても倒せないのか!」


首のない『黒の皇帝』ドーマの体は、手に持った剣を振るい王子に迫る。

打ち合った剣から火花が散る。

拾い上げた首を所定の位置に乗せると…癒着し復元し元の姿に甦る。

聖剣を振り下ろし脳天から両断した!

ドーマは下腹部まで斬り割られ、さすがに転倒する。


「まだか!まだなのか」


更に横一文字に切り裂き、再度首を刎ねる。

噴水のように血液が吹き上がるが、まるで動画を巻き戻すように身体に戻って行く。


そこへ一騎の騎馬が駆け付け、飛び降りるや再生を始めた身体へ腕を突っ込んだ。


「叔父上!」

「トゥークよ、許せ!これ以上お前に斬らせたくない」


王弟セイメイは実の兄ドーマの身体から心臓を掴み、引きずり出した。



どくん…

どくん、どくん…


それでも力強い心拍を続けるドーマの心臓。

駆け付けた『万感の太鼓』の鼓手でもある『白の一族』の女性によって、ドーマの心臓は鼓動をしたまま結界牢に閉じ込められた。

だがしかし、首だけになり、更に両断された右頭部の目に光が灯った。

視界に我が子である第二王子を捕らえた。

かすかに半分の口が動いた。

セイメイは咄嗟に眼球を突き刺し、脳漿に火焔を叩きつけて燃やした、が、一瞬遅かった!



「あっ」



それが王子の残した最後の言葉だった。

ドーマの断末魔の黒禁呪術がトゥーク王子を消し去った!


「王子殿下!」



『白の一族』の女性があげた悲鳴は、虚しく荒野の血風にかき消された…


「セイメイ様!」

「ミュ・クー、すまぬ…間に合わなかった」


『万感の太鼓』は誰もが本当の音色で叩けるものではない。

聖剣や『破邪の薙刀』同様、その鼓手を選ぶ。

『白の一族』に連なる血が濃いほど適性があがることは知られていた。

先代の鼓手は35国統一目前で流れ矢に散った。

ミュ・クーは先代鼓手の血縁で、翡翠の瞳を持った少女だった。

『万感の太鼓』を王宮宝物庫からの奪取したのち、北方辺境の地でセイメイが見出した。

彼女は太鼓の鼓手というだけではなく、『白の魔術』の最も強い術者でもあった。


多くの鍛錬、戦場で第二王子の持つ『覇王の聖剣』と力を合わせるうち、彼女と王子は想いを交わす仲になる。


「トゥーク殿下は!」

「救いにもなにもならんが…死んではいまい。どこぞへ…この世界のことわりの外へ飛ばされてしまった」



セイメイは北の軍勢と『黒の帝国』軍を打ち破る。

ミュ・クーもその本陣で『万感の太鼓』を叩き続けた。


「哀しい音色、な」


セイメイは彼女の打ち出す音の変化に、自責する日々だった。



大陸は再び静謐を得た。

『黒の帝国』帝都の中心にあった宮殿奥深くに、『白の一族』総力を結集した厳重な結界が張られた。

その中に今なお鼓動している、ドーマの心臓を封印した結界牢を納めた。


セイメイとミュ・クーはそれからもずっと黒禁呪術の研究を続ける。

文献はドーマが焚書したようで、この世から消失していた。


気が遠くなるほどの年月を経て、それでも諦めずにミュ・クーは研究を続けた。



「それは、転移魔術だな?」


胸騒ぎを覚えてセイメイは走った。

そして目にした。

一代では到底到達しえない膨大な作業をこなした彼女を。


ミュ・クーが描いた巨大な魔法陣を見て、セイメイは唸る。

それほど時間、空間、世界の理、因果率を超越することは至難の業。


「セイメイ様、私はこれでトゥーク殿下の許へ飛びます」

「もう数十年も経っておるのだぞ」

「だからこその、この術式です」


セイメイは魔法陣に無数に書き込まれた術式を丹念に検めて行く。

平面ではなく立体術式であり、魔法陣も数十層に及んでいる。


「時を制し、空間を御し、世界の理を超え、因果を求めて…」

「ミュ・クー…よ、分かってはいたが、それほどまでに」

「はい。殿下…いいえ、私のトゥークにひと目だけでも、もう一度、お会いしたい…のです」


毅然とした強い輝きを湛えた翡翠色の瞳。


「生きて会えるとも限らんのだぞ」

「それでも、です」

「これは、神の領域だ。正しく起動したとしても、その身が耐えうるかも解らぬ」

「なにもしない、出来ないことの方が後悔します」

「決意は固いようだな」

「今更ですね」


小さく穏やかに彼女は微笑む。


「トゥークと私の間にできた子や、孫たちも立派に育ちました。もう私の好きにしても良いでしょ?」


深い吐息をついてセイメイも笑顔になった。


「それに」

「?」

「セイメイ様も転生魔法、作ったではないですか」


虚を突かれ目を見開くセイメイ。


「知っていたのか」

「わからないと思う方がどうかと思いますよ」

「そうか…」

「私もセイメイ様も成功するなんて思えませんけど、でも求めて止まない希望なのですよね」

「うむ」

「お互い我儘です」


くすりと笑ってミュ・クーはセイメイの手を取る。


「明日の夜はふたりで飲み明かすとしようか」

「そうですね」




ふたりだけの壮行の宴を済ませた翌日の深夜―

黒翼山脈の一角にあったミュ・クーの屋敷は光に包まれた。





【続】

ネーミングセンス…泣

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ