20 一途な想い
王子は父親にして不倶戴天の敵の首を刎ね斬った。
が、手に残るはずの感触がない。
「届かぬと言うたではないか」
不敵に笑う声が王子の頭に直接響く。
落ちた首には不気味に口角を歪めた表情と、精気のこもった眼力。
「首を斬っても倒せないのか!」
首のない『黒の皇帝』ドーマの体は、手に持った剣を振るい王子に迫る。
打ち合った剣から火花が散る。
拾い上げた首を所定の位置に乗せると…癒着し復元し元の姿に甦る。
聖剣を振り下ろし脳天から両断した!
ドーマは下腹部まで斬り割られ、さすがに転倒する。
「まだか!まだなのか」
更に横一文字に切り裂き、再度首を刎ねる。
噴水のように血液が吹き上がるが、まるで動画を巻き戻すように身体に戻って行く。
そこへ一騎の騎馬が駆け付け、飛び降りるや再生を始めた身体へ腕を突っ込んだ。
「叔父上!」
「トゥークよ、許せ!これ以上お前に斬らせたくない」
王弟セイメイは実の兄ドーマの身体から心臓を掴み、引きずり出した。
どくん…
どくん、どくん…
それでも力強い心拍を続けるドーマの心臓。
駆け付けた『万感の太鼓』の鼓手でもある『白の一族』の女性によって、ドーマの心臓は鼓動をしたまま結界牢に閉じ込められた。
だがしかし、首だけになり、更に両断された右頭部の目に光が灯った。
視界に我が子である第二王子を捕らえた。
かすかに半分の口が動いた。
セイメイは咄嗟に眼球を突き刺し、脳漿に火焔を叩きつけて燃やした、が、一瞬遅かった!
「あっ」
それが王子の残した最後の言葉だった。
ドーマの断末魔の黒禁呪術がトゥーク王子を消し去った!
「王子殿下!」
『白の一族』の女性があげた悲鳴は、虚しく荒野の血風にかき消された…
「セイメイ様!」
「ミュ・クー、すまぬ…間に合わなかった」
『万感の太鼓』は誰もが本当の音色で叩けるものではない。
聖剣や『破邪の薙刀』同様、その鼓手を選ぶ。
『白の一族』に連なる血が濃いほど適性があがることは知られていた。
先代の鼓手は35国統一目前で流れ矢に散った。
ミュ・クーは先代鼓手の血縁で、翡翠の瞳を持った少女だった。
『万感の太鼓』を王宮宝物庫からの奪取したのち、北方辺境の地でセイメイが見出した。
彼女は太鼓の鼓手というだけではなく、『白の魔術』の最も強い術者でもあった。
多くの鍛錬、戦場で第二王子の持つ『覇王の聖剣』と力を合わせるうち、彼女と王子は想いを交わす仲になる。
「トゥーク殿下は!」
「救いにもなにもならんが…死んではいまい。どこぞへ…この世界の理の外へ飛ばされてしまった」
セイメイは北の軍勢と『黒の帝国』軍を打ち破る。
ミュ・クーもその本陣で『万感の太鼓』を叩き続けた。
「哀しい音色、な」
セイメイは彼女の打ち出す音の変化に、自責する日々だった。
大陸は再び静謐を得た。
『黒の帝国』帝都の中心にあった宮殿奥深くに、『白の一族』総力を結集した厳重な結界が張られた。
その中に今なお鼓動している、ドーマの心臓を封印した結界牢を納めた。
セイメイとミュ・クーはそれからもずっと黒禁呪術の研究を続ける。
文献はドーマが焚書したようで、この世から消失していた。
気が遠くなるほどの年月を経て、それでも諦めずにミュ・クーは研究を続けた。
「それは、転移魔術だな?」
胸騒ぎを覚えてセイメイは走った。
そして目にした。
一代では到底到達しえない膨大な作業をこなした彼女を。
ミュ・クーが描いた巨大な魔法陣を見て、セイメイは唸る。
それほど時間、空間、世界の理、因果率を超越することは至難の業。
「セイメイ様、私はこれでトゥーク殿下の許へ飛びます」
「もう数十年も経っておるのだぞ」
「だからこその、この術式です」
セイメイは魔法陣に無数に書き込まれた術式を丹念に検めて行く。
平面ではなく立体術式であり、魔法陣も数十層に及んでいる。
「時を制し、空間を御し、世界の理を超え、因果を求めて…」
「ミュ・クー…よ、分かってはいたが、それほどまでに」
「はい。殿下…いいえ、私のトゥークにひと目だけでも、もう一度、お会いしたい…のです」
毅然とした強い輝きを湛えた翡翠色の瞳。
「生きて会えるとも限らんのだぞ」
「それでも、です」
「これは、神の領域だ。正しく起動したとしても、その身が耐えうるかも解らぬ」
「なにもしない、出来ないことの方が後悔します」
「決意は固いようだな」
「今更ですね」
小さく穏やかに彼女は微笑む。
「トゥークと私の間にできた子や、孫たちも立派に育ちました。もう私の好きにしても良いでしょ?」
深い吐息をついてセイメイも笑顔になった。
「それに」
「?」
「セイメイ様も転生魔法、作ったではないですか」
虚を突かれ目を見開くセイメイ。
「知っていたのか」
「わからないと思う方がどうかと思いますよ」
「そうか…」
「私もセイメイ様も成功するなんて思えませんけど、でも求めて止まない希望なのですよね」
「うむ」
「お互い我儘です」
くすりと笑ってミュ・クーはセイメイの手を取る。
「明日の夜はふたりで飲み明かすとしようか」
「そうですね」
ふたりだけの壮行の宴を済ませた翌日の深夜―
黒翼山脈の一角にあったミュ・クーの屋敷は光に包まれた。
【続】
ネーミングセンス…泣