18 魔法陣
彩姫は雪村とともに黒の遺跡にやってきた。
瀧夜叉やアーネには
「調べものや」
と言いおいてきた。
一緒に行きたそうな桜太夫には申し訳ないが、瀧夜叉達のこともあるので留守を任せた。
― 黒の遺跡 ―
「あ、やっぱり来た」
苦笑交じりで『卓』は彩姫を迎えた。
「渡りの時期にはまだ間があるよってな」
「渡り、は期間限定なのか?」
「せや。決まった時期、場所があんねん」
「ごめん、知らなかった」
「教えてへんもん。しゃーないし」
彩姫と共に例の空っぽの最奥の部屋に入った。
その途中で彼女は、老師と共に以前に発見した渡りについての規則性を話して聞かせた。
「リュウの見立て通りやね。これは白の一族が使う魔法陣や」
「解読はできる?」
「来てよかった…」
「?」
「ま、百聞は一見に如かず、や」
にかっと笑って、彼女は部屋の中央、線の集まっている場所に立った。
「危険はないのか?」
「移動の魔法陣やね」
「移動?どこへだ?」
魔法文字?を辿りながら、彩姫は首を傾げた。
「けったいやな」
「どうした?」
「場所の指定がここなんや」
「は?」
「やろ?移動の魔法陣なのは間違いないんや、けど、行き先の指定はここなんや」
「表記ミス?」
「そんな訳ないやろ」
「だよな」
彩姫は部屋いっぱいにひろがった魔法陣をぐるっと見渡す。
眉間にしわを寄せて考え込んだ彼女を、『卓』達はじっと見つめていた。
彩姫はブツブツと何かを呟いていた。
時折場所を移動して文字や線を目で追って行く。
天井を見上げて彼女は更に困惑した表情になった。
「大丈夫か?」
彼女の様子に心配した『卓』が声をかけた。
その『卓』本人が、ちょっとした考えが浮かんでいたが
厨二だなぁ
と切って捨てていた言葉を、彩姫が口にした。
「転移…渡り…」
ぎょっとして彼女を見つめる。
「渡りと似た配列が、ある」
「それって?」
「けどな、似てはいるんやけど同じってわけでもないんや」
「というと?」
彩姫は解説するように、小さい円を描いた箇所をいくつか指さしながら話し出した。
「こっちは時間、こっちは場所…うちらが立ってるここやな。せやけどあっちにも少し違った場所指定と時間、空間の指定があんねん」
「どういうことだ?わかるように頼めるか?」
「言語化するのは難しいな」
彼女は適切な言葉を探す。
「重なった同じ場所?」
「重なった…時空のずれってことか?」
「時空言うのもちょっと違うんやけど、難解やな」
俺の中に浮かんだ言葉
「彩姫、並列世界って感じか?」
「それや!そんな感じや!」
俺は厨二的記憶を総動員して、彩姫に『並列世界』理論について説明した。
「理屈としては正しく成り立っとるな」
彼女はぐるっと部屋を見渡す。
「並列世界にある、別の時空に存在するこの場所を指定…」
力強く頷いて彼女は『卓』の目をみる。
「まさにそれやね」
「それって渡りと同義じゃないのか?」
「おおよそはその通りやけど、渡りは自然現象に近いんや。この魔法陣はそれを術式化して人為的に落とし込んだ感じやね」
「とすると、この術式を起動することも出来るってことか?」
「せや。但し、同じ場所に転移するんやけど、どの並行世界へ飛ぶかが今はわからん」
「やってみるしかない?とかか」
「先が埋まってるとかだと、最悪死ぬんちゃうかな」
「あー、そういう可能性もあるのか…」
「確かめる術がないんやから、もの凄く危険な賭けになってまうな」
「一方通行なのか?」
「どういうことやの?」
「起動できたとして、だけど」
「うん」
「こっちから何かを送って、速攻で戻すとか…そうすれば向こう側の状況もわかるんじゃないか?」
「なるほど…その可能性も含めて術式見てみるわ」
「頼む」
― ダンジョン内洋館 最奥ラボ ―
「で、これは魔法陣、だとして」
「いや、魔法陣だ」
「んとね、おぢさん、あっちはそうかもだけど、こっちでは魔法とかはアニメとかラノベの産物だよ?」
「じゃあ聞くが、ダンジョンはどうなんだ?あの幻影都市はどう説明する?」
「それはドーマが持ち込んだ不思議アイテムなんじゃないの?」
「少なくともこのダンジョンはドーマが創ったものじゃない」
「それは、そうだと思うけど」
「いやって程ドーマの魔法は見てきているだろ?魔物とだって戦っている。なのにここの魔法陣は信じられないのはおかしいじゃないか」
『美玖』は『タク』にこの模様が魔法陣ではないと…ありえないと食い下がっている。
何故だ?
明らかに理屈が歪んでいる。
『タク』は渡る前の瀧夜叉やアーネ達の様子を思い出していた。
認識…理屈…を歪める精神操作的なものか?
目の前の現実は正しいと認識する、が、それ以外はこれまでの常識を優先して、思考停止させる術?
呪術かもしれないな…
ドーマに反抗的な部分が残り、戦っていることについては、ドーマ出現以前の倫理観に準拠してるんだろう
その点では『ミク』や北方勢力の立ち位置や考え方に似ている
とすれば、これを起動させて事実と認識させるしかないな…
「一応、魔法陣ではないと仮定しようか」
まだ不満そうだが、それでも俺が折れたことで『美玖』も妥協の姿勢を示した。
「で、どうするの?」
「どうしたらいいと思う?」
「それは…」
「ともかくこれが何なのかのヒントを、改めて探索するしかないよな」
「それには同意」
「おっけー。この線を辿ってみよう」
「そうね…他の部屋の模様とつながっていることは認めるわ」
俺たちはこの部屋の模様につながっている線を辿ることにした。
数十本の線は3か所の扉に向かって3本に集約されていた。
俺、『美玖』、斥候くんで3人一組の3班に分かれて各扉を開放していった。
最初に斥候くんの班が手詰まりで戻ってきた。
次に俺達。
ぶぅうん…
急にこのラボの模様 ―魔法陣― が光りだした。
『美玖』が慌てて戻ってきた。
「あっちの部屋の石板を探ってたら、急に光りだして!」
模様はこのラボの床一面に描かれていて、中央部から放射状に広がっていた。
光は部屋の周囲からゆっくり中央部に向かって行く。
「あ、あそこが真ん中ですね!」
斥候くんが面白がって光を追って行く。
「おい!危ない!下がれ!」
俺の声に驚いたのか中心部に立ちすくんだ斥候くん。
模様すべてが光りだし、鈍い振動音がする。
「そこから離れろ!」
「え?」
音に遮られたのか俺の声は斥候くんには届いていない!
「離れてっ!」
『美玖』の叫びに近い高い声で、慌てて斥候くんがそこを離れようとしたが!
光が斥候くんを包み、刹那、音も光も…斥候くんもその場から消えていた…
「『タク』っ!これって…」
震える声で『美玖』は模様―魔法陣―の中心部を指さしたまま固まっていた。
他のメンバーも茫然とその場を見つめていた。
「転移魔法陣、なのか」
俺も愕然としてその場に立ちすくんでいた。
【続】
さて、そろそろ回収していかないと…だね(笑)