17 黒の遺跡
雪村を彩姫たちの許に送る前に遡る
― 黒の遺跡 ―
ここの調査を始めた。
遺跡は巨大な都市のように区画され、この世界とは思えない建築物―『卓』の知る高層ビルが朽ち果てたような―が林立していた。
ほぼ例外なく天に伸びた建物は折れたり、潰れたりしていた。
彼らはその中で、いくらかましな建物の一つを拠点にして、遺跡を丹念に調査していった。
『卓』は遺跡都市のほぼ中央にあった、他とかなり色合いの違った建物の調査を始めた。
「宗教施設っぽい、かな」
「そんな感じですね」
奥まった場所にドーム状の広間があった。
その正面に巨大なステンドグラス。
そこに描かれているものは、黒々とした一人の人物。
ステンドグラスの左右の壁面均等に描かれた四枚の壁画は人物画のようだ。
「あれって勇者か、大陸王かな…」
「かもしれませんね」
「他にもいるな…」
壁画の下に説明文?的な石板があった。
石板に書かれている文章を睨みつけている。
ステンドグラスに近い右側に剣を掲げた男性の壁画。
「『覇王の長剣』と勇者様、か」
『卓』は腰に差した剣を鞘の上から触れた。
剣を持つ男性の絵の次は太鼓を叩く女性の姿。
左手側には長柄の得物を持った女性と、その次には長者のような風貌で武器は持っていない男性。
リュウが『卓』の視線をなぞって行く。
「ミク様の操られる『万感の太鼓』、失われた『破邪の薙刀』ですかね…併せて大陸の三宝物とされています」
「だな。ったく、なんで日本語だよ」
「日本語?という文字なのですか」
「そうだよ。俺の国の文字だな…といっても相当古い言い回しが多いから、漢詩に近いかな」
「漢詩、とは」
「俺の住んでいる日本は海を挟んだ隣の大国から文化が流れ込んだんだ」
石板に刻まれた文字を指でなぞりながら、『卓』はリュウに話す。
「漢詩というのは、その大国の詩だな」
『卓』は呟くように続ける。
「輸入されたのか…輸出したのか…けど、今あるこの世界の文字とは起源が違うような気がする
とはいえ話す言葉、文法は日本語だよな
異世界物のよくある言語チートじゃないのは確かだし
いや、そこじゃない。
伝説は後世の人の伝承、となるとどこかで良いように改変されたとしても不思議じゃない
そもそも口伝らしいから、吟遊詩人とかが面白おかしくそれらしく仕立てたって感じか?
別の世界からの勇者と大陸王は同一人物?別人?そこも微妙だよな
三宝物も持ち主を選ぶとかって話だけど、剣を持てる俺は『タク』じゃないけど『卓』ってことで同一人物認定なのか?
何故、『ミク』は『万感の太鼓』を叩ける?
それにこっちの『ミク』と、俺の『美玖』は違う…」
「渡りって何だ?どうやってあっちとこっちを繋げてるんだ?」
石板の文章を正確に読み解くのは
「無理!」
だがしかし…意訳ならできそうだよな。
『卓』はここにしばらくいて、石板の文章の解読を試すことにした。
リュウと雪村はホールに隣接した部屋を手分けして調べて行った。
さほど時間もかからずリュウが隠し通路のようなものを発見した。
重厚な違和感満載の金属でできた白い扉があった。
無理くりこじ開ける。
「なんだこりゃ!」
白い長い通路が続いていた。
足を踏み入れると両側に光源があったようで、通路が照らされた。
「ゾンビゲームかよっ!
このまま洋館につながってたりして
ってか、実験室とかラボとかあるんじゃないか?
はい
ありました」
通路の両側に部屋が配置され、中はラボっぽい。
いくつかの部屋は広く、巨大な水槽のような中に気分の悪くなる検体っぽいものが沈んでいた。
既に水分はなくなって、中にいたであろうそれは腐敗を通り越して…
あるものは骨格だけになり、あるものはミイラのように干からびていた。
しかし醜悪な異様な姿は容易に想像できる。
「魔物製造工場?実験場?飼育場?」
「ですね」
リュウも雪村も口を押えて吐き気をこらえていた。
たまらず通路の先、正面突き当りの扉まで三人は無言で進んだ。
やはり閉じたままの扉をこじ開けると、比較的広い部屋がそこにあった。
「なんにもないな」
「見事に空っぽですね」
そう…
不自然なまでに何もない空間だった。
床に何か描いてある。
「魔法陣ですね」
リュウが部屋を見渡して呟いた。
「魔法陣?あれもか?」
壁面にも描かれた線画が伸びていた。
「間違いありません。白系統の魔法陣です」
「白系統?」
「はい。我々白の一族が使うものです」
「なんのためのものか分かる?」
リュウはじっと描かれた線画を目で追った。
「ものすごく難解です、けど…時間下さい、やってみます」
「了解。俺はあっちのホールの石板解読するから、リュウはこっちの魔法陣頼む」
「承知しました」
「雪村、悪いんだけど、一旦近くの街へ行って食料の補充頼む」
「承知いたしました」
「で、帰ってきたら、この建物の中を探索してくれるか?」
「勿論です」
『卓』はここでの探索が鍵と直感していた。
この黒の森と黒の遺跡への立ち入りが、この南方周辺国ではタブー視されている。
正しくここが大きな手掛かりになるだろうと感じていた。
【続】