15 交差する記憶
― ダンジョン内洋館 ―
発見から三度、『破邪の薙刀』を手にしようと挑戦したけど手が届かないんだな…
結界があるわけでもない、柄を握ることはできる。
けど、拒絶するように反発して維持できないから持てない。
「いわゆる所有者を選ぶってやつかな」
俺は苦笑い。
このダンジョン通いもいい加減慣れたね。
さて、どーしたものか…
『破邪の薙刀』が認める所有者、か。
前は誰がこれを使っていた?
何故、あっちの遺物がこっちにある?
そしてこのダンジョンと、この建物は誰が創った?
疑問は多々ある。
聖剣を『卓』に預けたのは失敗だったかなぁ、なんて今更か。
この建物の調査は進んでいた。
いろいろな実験をしていたみたいだ。
ちょっと気分の悪くなるような検体もあったし。
「『タク』さん、ちょっと来てください」
斥候君が呼びに来た。
彼についてこの部屋に隣接して、なかなか開かなかったラボ?の扉の前に到着。
ようやく扉は解放されたようだ。
なんだこれ!
全長2m程、1m弱の分厚い石板が中央に鎮座ましましている。
そこに彫刻してある精巧な人型。
「女性だよな」
「そう、ね」
彫刻の人型は髪の長い女性を模したものだった。
「酷い…」
美玖が思わずそう呟いたのもうなずける。
左手の肘から先が欠損していた。
それでも女性は穏やかな表情をしている。
年の頃は30歳くらい、かな?
文字が書いてあるが…
「なんて書いてあるんだろ…」
うん
こっちの人は読めないだろうな…
(白の王妃、長き眠りにつく)
か…あっちの世界の古代文字だな。
老師、ありがと。
お蔭で読めたよ。
なんか『破邪の薙刀』と関係はあるんだろうけど、な。
しかし、どのラボにも機械らしきものはあるんだけど、動力源になるようなものが存在しない。
回路っぽい線は床に書かれているけど、コードとかはないんだよ。
「作りかけかな?」
「そんなことはないだろ」
ダンジョンと幻影の街に守られた洋館。
中身だけ未完成とか有り得ない。
この線は何だ?
廊下にもあった。
壁にもあった。
単なる装飾の模様なのか?
俺の記憶に引っかかりがある。
俺は見たことでもあるのか?
ならば、どこで?
こんな意味不明なものはあっちで見たものじゃないか?
脳みそをフル回転させて記憶を辿る。
ふと石板の文字を思い出した。
「白の王妃…」
「え?」
俺が吐いた言葉を美玖が拾った。
「白の王妃?」
「あ、ああ。あの石板に書かれてた」
「読めたの?」
「あっちの文字だよ」
「どういう人なの?」
「いや、知らないけど…白の王妃…白?」
閃いた?
何かがつながった?
彩姫の顔が浮かんだ。
「さいき?」
「サイキ?何?」
「ああ、人の名前だよ。『火山の魔術師』って呼ばれてる俺の仲間で…」
待て!
火山の魔術師って、別名『白の魔術師』じゃん!
視界に床や壁の模様が、今度は意味を持って映し出された。
その法則性や記号のような模様…頭の中でピースがカチッとはまった音がした気がした。
「これって魔法陣だ!」
― 黒牙都市 ―
『卓』はずっと考えていた。
今夜も宿に戻ってきてから、ひとりでずっと記憶を追っていた。
が、全く、これっぽちも思い出せない。
どこから思い出せる?
美玖と出会う少し前までなら記憶は遡れた。
子供のころ
厨二のころ
就職活動
まったく思い出せない。
記憶がないというより、霧の中に隠されたようだ。
確かに子供だったし、学生だったし…そこは確信が持てるのだが、両親とか親戚とかは思い出せない。
その頃やったことも何一つ思い出せない。
いや、30歳過ぎからは思い出せる、な。
仕事場のこと、交友関係とかとか。
疲れて帰宅するときの、会社の近くの喫煙所のたばこの香り… ※1
美玖との出会いも勿論、アノ時の声も顔も全部ぜ~んぶ思い出せる… ※2
ちょっと待て!
またかい?というノリツッコミは置いといて…
こっちで会った『ミク』と、俺の知っている愛しの『美玖』
違わないか?
う、ぐあっ!
酷い頭痛が襲ってきた。
鍵になると思われる記憶の齟齬。
それを自覚した時に襲い来る痛烈な頭痛!吐き気!!
違うはずなのに違和感を感じなかった!
なんでだぁぁぁぁぁ!
ギリギリと締め付けられる。
脳みそかき回されるような不快感。
め、目がまわる…
俺の異常を感じたのかリュウと雪村が隣室から入ってきたようだ…までで、俺の意識は飛んでった……
あぁ、これは夢、かな?
俺の前に見知らぬじい様が立っていた。
俺になんか言っている。
たぶん、俺はうなずいていた。
喊声が聞こえる。
怒号、金属の打ち合う音。
悲鳴。
嗅覚を刺激する鉄さびのような、むせ返るような悪臭。
俺は聖剣を握っている。
規則的な振動。
俺の聖剣が目の前の化け物を両断する。
そのたびに腕に重くて不愉快な―生き物を断ち切った―感触。
遠くで太鼓の音がする。
勇壮でリズミカルで、心を揺さぶられ、腹の底から力が沸き上がるのが自覚できた。
視界に目的を捕らえる。
黒い。
闇夜より黒い巨大な影に、顔だけがはっきりと浮かんで見える。
まるで感情がない能面能な顔。
片方の口角だけが微かに上がっている…笑ってやがる!
俺の激情に火が付いた。
まだそんな顔をするのか!
巨大な影の口が動いた。
「ほう、上出来だ」
と。
「まだまだお前には届かぬよ」
「ここで終わりだっ」
「消えよ」
「その前に!」
影の手が振るわれる。
聖剣が影に吸い込まれる。
「くたばれ!父上!」
「上出来だ」
俺の意識は暗く黒く沈んでいった。
【続】
※1 「おっさん勇者と火山の魔術師」参照
※2 「みどるえいじくえすと~おっさん勇者はひと仕事終わって帰還したはずなのに、あっという間に強制送還される~」参照
だんだん収束へ向かって…??