13 大陸王
この大陸にある35の国々をまとめ、大陸王と崇め奉られた老人。
大陸中央を分断する黒翼山脈にある城塞で夜空を見上げていた。
- 大陸王 王都王城 -
「王様」
するりと彼の隣に寄り添った影。
「もういいだろうよ。楽にしてくれ」
王は星を見ながらつぶやく。
「本当にそう思ってらっしゃるの」
「と、思っているんだが、違うか?」
「心の奥底にあるものを…もう隠さなくても宜しいのではないですか」
「こころの奥底、な」
「はい」
「なんだと思う」
「破壊衝動…」
「折角、生涯かけて大陸をまとめた俺が、破壊衝動?」
「ええ。違っていましたか?」
「さてな…自分でもわからんな」
「ふふ」
「笑うか」
「ひとは己のこころの奥底にしまったものは、なかなか見ようとしないものです」
王の口元は皮肉に歪んでいた。
「で、唆しに来たのか」
「まさか!」
「とはいえすでに聖剣はわが手から失われ、太鼓もこの城の宝物庫に収められた」
「ですが薙刀は、まだ私の手の内です」
「おお、怖いな」
「ちっとも怖がってはいない癖に」
影…王妃は口元に扇を宛てて小さく笑った。
「あの子はどこへ行ったやら…」
「俺の潜在欲求を感じたやも知れぬな」
「追いますか?」
「ふむ、どこへ行ったかはいつでも知れよう」
「手は打っておありのようですね」
「抜かりはない、な」
「厄介なのは白の一族」
「まぁ、よい。今よりもこれからよ」
「どうされるのですか?」
「さて、どうしようか」
不意に王は王妃の手を取った。
その手の握力は王妃の手を握りつぶすほど強かった。
「や…やはり、私はお邪魔なのですね」
「今となっては、な」
王妃の手を握りつぶす王の笑顔は、慈愛に満ちている。
表情と行動に極大の矛盾を孕んでいる。
「読まんでも良いもの、気づいても気づかぬ振りでもしておれば良いものを」
王妃は残された手に『破邪の薙刀』を呼ぶ。
手にした瞬間、王の唇が何事か言葉を紡ぐ。
「ふむ。消え失せよ」
静かに言葉を発すると、王妃は薙刀と共にその場から消え去った。
「壊すために創り上げる…ふふ…まだまだよ。もっと民を、この世を幸福なものにせねばな」
王は真摯な表情で星を見上げる。
「くく…この上ない幸福を遍く世に行き渡らせ、争いをなくし…そして…」
一抹の愉悦に歪む大陸王の顔。
「誰もが信じたものを、一気に潰す!その時の世界の顔を、愉しみにしようか」
どこまでも敬虔な表情の瞳の奥に、一種の狂気が内包していた。
- 大陸北端 辺境の村 -
「どうやら王妃陛下も…」
「義姉上も人知れず始末されたか…」
白の一族による密偵の報告に、大陸王弟は天を仰いだ。
一年ほど前に大陸王第二王子と共に王都を脱していた。
「母上が!」
逸る第二王子を宥め、抑えて、王弟一行はこの辺境の村で雌伏している。
大陸は大陸王の善政によって争いごともなくなった。
民は長い戦乱と苦難の後、ようやく安寧を感じ始めていた。
「叔父上、本当に父は…大陸王は、そんな恐ろしいことを考えているのでしょうか」
数限りなく、何度も何度も発した疑問。
だが、彼はそれが愚問であり、大陸王の真の姿と望みを本能で知っていた。
「王子殿下」
「わかっている。わかっているのだけど、信じたくないのだ!」
「お気持ちは痛いほど…」
「叔父上にとってもただ一人残された家族でした。申し訳ありません」
「あ奴は狂気そのものだ。我が父も母も妹も、そして義姉上もその手にかかった」
「ですが…」
「そうだ。どうやったのか、いや、古の黒の禁呪術なら可能なのだが」
「父上はどうやって、何時それを我がものにしたのか」
ぎりりと音がするほどの歯噛みをして、王弟と王子は王都の方角を睨みつけた。
「優しい兄だったのだ」
王弟は無理に脱力して、遠い過去へ視線を向けた。
「だが私の知る限り、幼き頃より片鱗はあった」
口をつぐむ王子に、彼は何度も話した物語を口にする。
「兄は幼き頃より勤勉であった。学問、武術のすべてを真摯に学び、そして先へ先へとその好奇心は尽きることはなかった」
おそらくその頃に黒の禁呪術とも出会っていたのかもしれない。
初陣のあの時すでに…
その戦で敵味方ほとんどの将兵が死んだ、はずなのに、兄と数名の近侍だけが生き残った。
戦乱の最中に突如見舞われた天災…大地震による大地の巨大な地割れに飲み込まれ戦線は崩壊した。
だが、兄と近侍の十数名は運よく逃れて生き残った。
「そう、傷一つなく…」
そうだ
あの時、帰還した兄は笑っていた
誰もいないはずの兄の部屋に忍び込んでいた私は見た
声もなく表情を崩しもせず、だが確かに兄はこの上なく楽し気に笑っていた
幼いながら、その異常性に腰を抜かした
それでも今、兄に気付かれてはいけないと必死に口を押えて悲鳴を耐えた
「兄上は災厄以外の何物でもない…」
王弟は王子がそこにいるのも忘れて呟いていた。
「セイメイ叔父上…」
王子の呼びかけに王弟セイメイは我に返った。
「すまん」
「ともかく父を止めなければ」
「うむ。だが今はまだ動けない。悔しいだろうが、耐えよ」
「は…い」
「どうしても後手にはなるが、今の状況では味方が作れないのだ」
「承知、しております」
「だが、いつか動き出す」
「はい」
「そのときに備える」
「はい」
敵は我が兄
大陸王ドーマ!
【続】
さて、頑張るぞwww