10 推定と探索
―セイメイ老師 庵―
どこまでも真相はこっちの妄想でしかないわけで(苦笑)
「あっちのシースルーの俺は、この状況をどう理解しているんだ?」
「シースルー…あ、透けてるってことやね?」
「うん」
「ようわからんな」
「多分だけど、あっちでは俺が主体だったから、イレギュラーなお客さんのこっちの俺の存在が希薄になった、的な?」
「あ~なるほど、それはわかりやすい表現やね」
「で、主体の俺を何かが誤って認識してこっちへ連れてきちまった、と」
「なにが?」
「わからんさ。なんとなく機械的だなぁとは思うけど」
俺と彩姫のやり取りを聞いていたユミンが大あくびをして、涙目で俺を見た。
「それにしてもぉ、馴染むの早いねぇ(笑)」
「いやいや、十分に混乱したさ」
「でもぉ…違ってるとこもいっぱいだねぇ。ホントに同一人物?」
「あ?」
「『タク』はスケベだし」
「む、おれも立派にスケベだぜ」
「でもしてくれないよぉ」
「そんなに簡単にできるか!会って間もない美少女におっさんがそう簡単に手を出せると思おうか!」
「そう?」
「そうなの!」
お茶を運んできた太夫が参戦する。
「スケベ談義はおいておいてくださる?」
「あー脱線しちゃったな。ごめん」
「それはそれで『タク』さんらしいんですけど、ね」
「そりゃ、同じ人物だからな…歳はあっちが10個近く上みたいだけど」
「で、そうなるとどうなりますの?」
「現状の混乱?戦闘状態?は時間稼ぎみたいな気がする」
「時間稼ぎですの?」
「ああ、半端なんだよな、やり方が」
卓は文字通り口をへの字にして黙り込んだ。
間をおいてお茶をすすって舌を湿らせて続ける。
「ドーマが本気ならもっとガッツリ叩きに来るんじゃないかな?」
「確かにまどろっこしいことしてるわな」
「だろ?ここの状態も『ミク』をわざわざ対立者にするようにして、それなりに強力だけど」
「ある意味自力で解ける洗脳?幻惑…半端ですわね」
「だろ?単純な思考がデフォな者はなかなか解けないけど、しっかり思考する者は時間はかかるけどきっかけがあれば解ける…そんな半端なモノか?ドーマの呪術って」
「本気やったらそんなもんちゃうと思うわ」
「なにが目的なんだろ…俺の世界のドーマも今思えば、かなり動きが鈍い気がするんだよな」
「と言いますと?」
「奴はいきなり俺の世界にやってきた。強力な魔物や配下の術者、猛者が一気に首都を陥落させた」
卓はその時の事を思い出すように天井を見上げる。
「その後、俺の国を蹂躙して行ったんだが、そこで一旦手を止めている」
「手が回らなかったんではなくって?」
「それもあるだろうけど、俺が目の当たりにしたドーマの実力なら、他国から俺の国だけを切り離して防衛する方が面倒なんじゃないかな」
「油断してる隙に蹂躙して、対抗戦力をなくしておく方が手っ取り早いわな」
「まぁ、星単位となるとそれなりにスケールはでかくなるけど…」
「周りから孤立させて、結界で自分の勢力圏だけ切り離す…利点はありそうで、確かに面倒な作業ですわね」
「せや。結界って一口に言うけど、結構張り続けるのは大変な作業やで。それをドーマは張り続とんやろ?」
「ああ、そんなに無尽蔵なのか?」
「んなことあれへん。となると術者は十人やそこらやないな…力を貯めて放出する、言うなれば結界石みたいなもんでもたくさんあれば術者は範囲指定さえできればそこそこできると思うけど…年単位やろ?」
「効率が悪すぎますわね」
黙って聞いていたユミンが遂に船を漕ぎだした。
それに気づいた三人は顔を見合わせて微苦笑…吹き出してしまった。
「ま、下手な考え休むに似たり…かな。壮大な厨二的妄想だな」
つぶやく卓の隣で彩姫は沈思した。
―湾岸エリア ダンジョン―
犠牲は最初に圧死した仲間以外にも増えていた。
紅一点の美玖はさすがに道半ばで折れそうになったが、何がきっかけだったのか立ち直り気丈にふるまっていた。
「美玖、大丈夫か?」
「おじさんが大丈夫なのに、私が折れてらんないわ」
「お!おじさんって、まぁ、そうだけど」
「それよりどの位潜ったのかな」
「どうも常識や地図はこの中じゃ役に立たないっぽいしな」
「ゲームやアニメのダンジョンもめちゃくちゃだもんね」
「まさか現実にそこに足を踏み込むとは思ってもみなかったさ」
前を真っすぐに見つめながら話す『タク』の横顔は、年齢を感じさせない精悍な印象だ。
美玖は小さく息を吐いた。
「やっぱり『卓』じゃないんだね」
「ん?ああ、そういう意味か…彼より年上だからな」
「そういう意味でもなんだけど」
前方を斥候していた仲間が帰ってきた足音。
「何かあったか?ただ事じゃないようだ」
戻ってくる足音の乱れが、『タク』にそう告げていた。
肩で息を切らせる仲間が、ややうわずった声で報告をする。
「この先に扉があります」
「扉…か。どんな奴だ?まさかSFアニメみたいな隔壁みたいのか?」
「あはは…『タク』さん、ふざけないでくださいよ」
「で?」
「どっちかっていうと重厚なでっかいボス部屋前、ですかね」
「あーそっちかぁ」
「ていうか、ここまでの感じだと、隔壁のほうがむしろ不似合いというか…普通、そっちを考えませんよね」
「悪いな、SF大好きなんだ」
すっかり毒気を抜かれたように仲間の表情に少し余裕ができていた。
「で、助さん格さんは?」
「え?」
「そういう扉の両側にはお約束だろ?」
「もしくはガーゴイルとか石像とか?」
「そうそう、分かってんじゃない」
「えっと、うん、いませんでしたね」
「罠は?」
「そこまでは、すみません」
「謝んないでくれよ」
小さく笑って頭を下げる仲間の肩に軽くこぶしを充てる。
「斥候のスキル?てか特技で助かってるのはこっちなんだから」
『タク』の言葉に仲間は嬉しそうに笑う。
「で、扉前はそんな感じ?広場的な?」
「いえ、普通にこの坑道の延長です。前方100メートルほどにある直角に曲がってる角を右折。そこから扉まで10メートルほどです。違いといえば、扉がでかいので天井が高いってことくらいでしょうか」
「その角から先には行ってないよな?」
「ええ、学習しました。そのまま留守番させている仲間にもそこから動かないように言ってあります」
「おっけー…先走らないよな?」
「大丈夫です。あいつ、相棒を最初の罠で殺られたんで慎重です」
美玖はその時、微妙に眉が曇った『タク』を見逃さなかった。
【続】
区別つきにくかったので、ちょっと工夫してみました。
そのうち前の方も修正必要ならやっておきます。