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第40話 火牛計

 その日の夕食後。


 食堂に残った真田龍子(さなだ りょうこ)南柾樹(みなみ まさき)星川雅(ほしかわ みやび)は、さっそく今日ウツロの身に起こったことについて、本人から話を聞いていた。


浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)、通称・鹿角元帥(ろっかくげんすい)……組織のナンバー2が、まさか直々(じきじき)にウツロの前に姿を現すとはね……」


 星川雅は指をあごに当てながら言った。


 その声はかすかに(ふる)えている。


「しかもお前、殺されかけたんだろ? その『試験』ってのに合格してなきゃ(あぶ)なかったじゃねえか」


 南柾樹もウツロを心配して声をかけた。


「でも、さすがはウツロだよね。わたしだったらそんな難しい問題、絶対に解けないって」


 真田龍子はウツロを落ち着かせようと配慮(はいりょ)している。


「おそろしい、人だったよ……正体はわからないけれど、彼もアルトラ使いであることをほのめかしていたし。まあ、組織のナンバー2なんて人が、アルトラ使いじゃないほうがおかしいと言ったほうがいいのか……」


 ウツロは改めて(せん)だっての出来事を思い出し、体をこわばらせた。


総帥(そうすい)がウツロに興味を持ってるだなんてね。それはつまり、わたしたちのことなんて、組織には筒抜(つつぬ)けってわけだ」


 星川雅のセリフに、一同(いちどう)はゾッとした。


 いったいどこで、何者が見ているのか。


 あるいはそれも、アルトラの能力でなのか。


 そんなことが頭の中を()けめぐった。


「まあとにかく、ウツロが無事でなによりだぜ。不幸中の幸いっていうか、いいほうに(とら)えたほうがいいんじゃねえか?」


 南柾樹は()を収めようと()(つくろ)った。


「そうだよ、柾樹の言うとおりだよ。おびえてたって何も解決しないし、とりあえずはウツロに何もなかったことを喜ぶべきじゃない? ね、雅?」


 真田龍子も南柾樹の流れに乗りながら、星川雅にもそれを(うなが)した。


「まあ、そうだね……柾樹や龍子の言っていることが正解だと思う。ここで変にびくついてたら、それころ組織の思うつぼだろうし。ウツロ、当事者を前にしてなんだけれど、あなたはどう思う?」


 星川雅もやはり同意し、話をウツロに(もど)した。


「うん、みんなの言うとおりだ。そしてありがとう、俺のことを気づかってくれて」


 ウツロは軽く一礼した。


「いいって、ウツロ。お前が何かわりぃことをしたってわけじゃねえんだから。リーダー格なんだから、堂々とふるまってりゃいいんだぜ?」


「リーダー格、って……?」


 南柾樹の言葉に、ウツロはキョトンとした。


「ウツロ、あなたはわたしたちよりあとからここにきた。だけれど、あなたのその冷静な判断力、確かな決断力、そして戦闘能力などのバランスから総合的に考察すると、(みなと)さんを別とすれば、あなたこそここのリーダーにふさわしい器だとわれわれは思うわけ。まあ、くやしいけれどね?」


 星川雅は手を組んでそう告げた。


「そんな、みんなをさしおいて、俺がリーダーだなんて……」


 ウツロは困り果てた。


 あとからのこのこ加わった身である自分がリーダーだなんて……


「謙遜すんなって。こういうのは、信頼できるやつに任せるのが一番だからな」


「そういうこと。あなたの性格から鑑みて、ポストにのぼせあがることなんてないだろうしね」


 南柾樹と星川雅は念を押すように代わるがわる言った。


「そんな、いいのかな……」


「いよっ、リーダー! ひゅーひゅー!」


「龍子、それは昭和くさいぞ」


「なんだってえ、この毒虫リーダー!」


「なんだよ、それ……」


 ウツロと真田龍子のやり取りを、残る二人はほほえましく思った。


「頼りにしてるぜ、リーダー?」


「ふん、わたしはいまいましいけれどね」


 南柾樹と星川雅は、改めてウツロにリーダーシップを表明した。


「うーん……」


 場の雰囲気にウツロは困惑した。


 俺がリーダー、リーダーか……


 そんな器じゃないと思うけれど……


 実際にというか、俺は伝えていない。


 あの男、浅倉喜代蔵から聞いた秘密を。


 龍影会(りゅうえいかい)


 日本を影で支配しているという組織の名前。


 みんなに危険がおよぶかもしれないことは当然として、もうひとつはなぜ彼がそれをわざわざ教えたのかということだ。


 何かまだ、俺を試す意味があるのかもしれない。


 秘密を()らすか、(だま)っているかを。


 いずれにしても得体(えたい)が知れない、あの男のすることは。


 とりあえずいまの段階では後者を選択しておこう、大事を取って。


 もちろん、それが愚策(ぐさく)ではないという証明なんてない。


 だが、何か引っかかるんだ。


 もしかしたら、俺をこうやって混乱させるのが目的なのか?


 それが浅倉喜代蔵の策略(さくりゃく)ではないのか?


 もうひとつのこと、ここさくら(かん)にトロイの木馬がひそんでいるというのも含めてだ。


 これも当然、黙っていたほうがいい。


 言ってしまえば身内の中でかく乱が起こることは目に見えている。


 スパイはいるのか、いないのか……


 ああ、頭がこんがらがる……


 俺がリーダーだって?


 いや、ふさわしくなんてない、俺なんかには。


 なぜなら俺はいま、浅倉喜代蔵の術中(じゅっちゅう)に完全にはまってしまっているかもしれないからだ。


 なんなんだ?


 この胸騒(むなさわ)ぎは?


 これから万城目日和(まきめ ひより)の気配がしたことも伝えなければならないというのに……


 それどころじゃなくってしまいそうだ。


 うう、気が遠くなりそうだ。


 頭がグルグルする……


 こんなふうにウツロは、ほかの三人がキャッキャッと笑いあっている中、精神を(むしば)んでくる何かと、ひとり孤独に戦っていた。


 その正体こそ浅倉喜代蔵がしかけた(わな)、『火牛計(かぎゅうけい)』の本質だとも知らずに――


(『第41話 這い寄る気配』へ続く)

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