表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/81

第38話 黒い部屋

 黒い部屋だった。


 どのくらいの広さなのか、広さという概念(がいねん)がぼやけているような空間。


 部屋にある唯一(ゆいいつ)の光源は、(かべ)いっぱいのプロジェクターに映し出される夜桜(よざくら)の映像。


 天を串刺(くしざ)しにするような枝からは、雪よりも白い大輪(たいりん)の花。


 鬼の爪を想起させる根は大地に食らいつくよう。


 幹はといえば老獪(ろうかい)帝王然(ていおうぜん)として、あらゆる角度へにらみを()かせている。


 魔王桜(まおうざくら)だ。


 この世とあの世の(さかい)()くという(まぼろし)の桜、あやかしの王、異界の支配者。


 人間に異能力「アルトラ」を植えつけ、悪意を(しぼ)()し、飴玉(あめだま)のようにしゃぶる。


 いったい何者で、何を考えているのか。


 どこから吹いているのかもわからない風が、その枝葉(えだは)()らしている。


 その動きは妖艶(ようえん)で美しく、しかし見るものを破滅へといざなうような。


 明るいのか暗いのか、それすらもわからない。


 ただその光は、一台のグランドピアノを照らし出していた。


 ベーゼンドルファー・インペリアル。


 喪服(もふく)を思わせるダブルのスーツを着た男が、エボニーのロッキングチェアをたわむれに(きし)ませながら、ときおり鍵盤(けんばん)をつまびいている。


 フランツ・シューベルトのソナタ変ロ長調D.960。


 音楽にこそなってはいないが、その音型(おんけい)はとぼとぼとさすらっている。


 魔王桜への道を歩く旅人のように。


「来たか、鹿角(ろっかく)の」


 ふいに、男の口から言葉が()れた。


 黒い部屋の一部が(ひら)き、ストライプが入ったダブルのスーツを着た中年男がひとり、中へと入り込んでくる。


「は、龍影会元帥りゅうえいかいげんすい浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)、ここに」


 浅倉喜代蔵。


 ウツロへの試験を終えたばかりの彼だった。


 ここは日本を影で掌握(しょうあく)する組織「龍影会」の奥の院。


 すなわち、トップである総帥(そうすい)の部屋だった。


「こちらへ。どうやら話は面白いほうのようだな」


 光の加減で顔はよく見えないが、総帥は少年のような、しかし老人のようでもある声で語りかけた。


「さすがは閣下(かっか)毒虫(どくむし)のウツロ、実に満足のいく解答をわたしに出してくれました」


 浅倉喜代蔵は(うやうや)しく近づくと、そばに置いてあるアンティークの椅子(いす)へと座った。


 彼はしばし、ウツロのことを総帥へ話した。


「ほう、さすがは魔人(まじん)似嵐暗月(にがらし あんげつ)の孫といったところか。まあ、彼は祖父のことも、似嵐(にがらし)の家のことも、まともには知らんだろうがな」


「それもこれも(おろ)かな父・鏡月(きょうげつ)によるところにございますれば。あやつがもし、まっとうな当主ともなっていれば、あるいはいままさに、閣下のほんの一助(いちじょ)程度にでもなっていたやもしれませんのに」


 ロッキングチェアが軋んだ。


「やめておけ鹿角、すべては終わったことだ。そうであるな?」


 総帥は浅倉喜代蔵に顔を向けた。


 (やみ)の中で二つの目が爛々(らんらん)と光っている。


「は、これは失礼を……」


 浅倉喜代蔵はギョッとして平服(へいふく)した。


 体が寒くなって、冷汗(ひやあせ)が浮かんでくる。


「ウツロのことはわかった。わが息子のほうはどうだ?」


南柾樹(みなみ まさき)、いまはそう名乗っておりますが……さすがは閣下の血脈(けつみゃく)かと。すべては計画どおりにてございます」


 浅倉喜代蔵はハンカチで顔をぬぐいながら答えた。


「わが椅子を()ぐに(あたい)する者かどうか、いずれ確かめる必要がある。引き続き頼むぞ」


「は、さくら(かん)には典薬頭(てんやくのかみ)息女(そくじょ)(みやび)もおりますし、前式部卿(ぜんしきぶきょう)武田耕太郎(たけだ こうたろう)も何かの(こま)にはなるかと存じます」


心強(こころづよ)いな、二人の存在は」


「はい」


「ときに鹿角の、お得意の火牛計(かぎゅうけい)を仕込んだようだな」


「はは、(ひら)に。遊び心でございますれば」


 浅倉喜代蔵は体を震わせた。


 火牛計とは彼が用いる戦術のひとつで、この場合、さくら館にトロイの木馬(もくば)、つまり組織のスパイが(ひそ)んでいることをウツロに告げたことを指している。


 相手を混乱させ、篭絡(ろうらく)するテクニックだ。


「遊び心か。その遊び心とやらで、わたしの息子を傷つけるなよ?」


「め、滅相(めっそう)も! しかし、おそれながら閣下、これも計画の一部にてございますれば……」


「よいよい、わかっておる。ただの酔狂(すいきょう)だ」


「はは……」


 浅倉喜代蔵は心臓が(こお)りつきそうになったが、その言葉にやっと平静さを取り戻した。


 手の上でもてあそばれている感覚が、彼の総帥に対する恐怖感をあおらずにはいられなかった。


 総帥はピアノの上に置かれた端末のディスプレイをのぞき込んだ。


 そこには南柾樹の動く姿が。


「会いたいものだ、早く。わが子にね」


 進歩した機械朗読のような口調(くちょう)が、黒い部屋の中へ静かにこだました――


(『第39話 忸怩(じくじ)』へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ