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第30話 ミーティング

 夕食を終えたのち、ウツロ、南柾樹(みなみ まさき)真田龍子(さなだ りょうこ)星川雅(ほしかわ みやび)、それに龍崎湊(りゅうざき みなと)の五名は食堂に残って、おもむろに『ミーティング』を始めた。


 武田暗学(たけだ あんがく)山王丸隼人(さんのうまる はやと)は部外者ということで早々に退出し、真田虎太郎(さなだ こたろう)は危険がおよんではならないという理由で、さりげなく部屋へ戻した。


「ぷっはー! い、き、か、え、るーっ!」


 龍崎湊はビジネス・フォーマルの上着を脱いで、すっかりできあがっていた。


 テーブルの上には空になったビールのロング缶が三本。


 いま飲んでいるのが四本目である。


「湊さん、飲みすぎじゃないですか? これからミーティングだってのに」


「龍子ちゃん、小姑(こじゅうと)みたいなこと言わないの。そんなんじゃお嫁に行けないわよ?」


「うーん、あはは……」


 心配した真田龍子の言葉にもこれである。


「雅、かまわねえから始めてくれねえか?」


「そうしたほうがよさそうね。どうでもいいけど湊さん、お酒くさいですよ?」


「もう、みんなして。大人の世界は酒なしじゃあやってられないのよ」


 こんな調子で相変わらずグビグビやっている。


「雅、柾樹の言うとおり、初めてくれないかな?」


「そうしましょう。酔っ払いの相手なんてごめんだし」


 たまりかねたウツロの申し出を、星川雅は承諾(しょうだく)した。


「そうね、まず、状況を整理しましょうか。わたしたちがシェアしている情報は、次の三点。ひとつ、この国を支配している組織が存在すること。ふたつ、わたしたちのクラスメイトである刀子朱利(かたなご しゅり)氷潟夕真(ひがた ゆうま)、ならびにその家族もくだんの組織の一員であること。みっつ、特定生活対策室等の情報が、その組織に漏れている可能性が高いこと。ここまで、よろしいでしょうか?」


 ウツロがすぐさま手を挙げた。


「念のための確認だが、それ以上の情報、雅が知っている組織内部等の情報については、共有は不可能ということでいいんだな?」


「そうだね。あまり知りすぎてしまうと、あなたたちの身に危険がおよぶ可能性が高いから。ただ、これだけは言えるけれど、わたしが知っているそれ以上の情報というのは、せいぜい組織の命令系統がどうなっているか程度だよ。わたしたちがシェアしている内容に毛が生えた程度ってわけ。これはいいかな?」


「……じゅうぶんだ。いらなく詮索(せんさく)をすれば、お前の立場も(あや)うくなるだろう。これ以上は聞かないことにするよ」


「あら、珍しくやさしいんだね。ま、あなたがただ理性的ってだけなんだろうけどさ」


「何とでも言え。で、その次だが、この情報を受けて俺たちがどう動くべきか、ということになると思うんだ」


「さすがだねウツロ、その通りだよ。そしてその答えは、『何もしない』が正解になると思う」


 星川雅はテーブルの上に手を組んでそう言い放った。


「何もしないって、本当にそれでいいのかな……わたしたち、その、『(ねら)われてる』かもしれないわけでしょ?」


「龍子、日本を掌握(しょうあく)してるなんて組織を相手に、俺らなんかが『何ができる』と思う? むしろ『何かしたら』、逆に始末されちまうんじゃねえのか?」


「それは、確かに……」


 南柾樹の威圧(いあつ)に、真田龍子は()(だま)ってしまった。


「あ、わりい。そういうつもりじゃなかったんだ」


「いや、いいよ柾樹。わかってるから……」


 シュンとしてしまった真田龍子を、南柾樹は(なぐさ)めた。


「しかたがないのはわかるけど、これじゃ形だけのミーティングだな。何も得るものがない」


「ま、この世にはどうしようもないことなんて山のようにあるんだし。湊さん、特生対朽木支部長とくせいたいくちきしぶちょうとして、何かご意見は?」


 ウツロの流れから、星川雅は龍崎湊に話を振った。


「……そうねえ、わたしはあなたたちに何もなければ、それでじゅうぶんだけどね。いくら若いからって、あんまり危ない橋を渡っちゃあダメよ。それくらいかな」


「……」


 一同は(もく)して彼女を見た。


 一見(たよ)りなさそうだが、誰よりも自分たちのことを考え、心配してくれるこのリーダーに、みんなはうれしい気持ちを(いだ)いたのだった。


「これくらいは言っても大丈夫かな……」


「なんだ、雅?」


 星川雅の切り出しを受け、ウツロがたずねた。


「組織のトップの役職名は『総帥(そうすい)』で、内部では『閣下(かっか)』と呼ばれている。その下に参謀(さんぼう)である『元帥(げんすい)』と、助役である『右丞相(うじょうしょう)』と『左丞相(さじょうしょう)』、通称『二丞相(にじょうしょう)』が(ひか)えている。元帥と二丞相は、(たが)いにサポートし合い、また監視し合いながら、総帥の存在を支えているというわけ」


「雅、いいのか? そんなことを話して。お前に危険がおよんだらどうするんだ?」


「安心してウツロ。危険のおよばない範囲だけ話すから。あとはその下に、『七卿(しちきょう)』と呼ばれる大幹部がいる。どんな内容の仕事なのかまではわたしもわからないけれど、中務卿(なかつかさきょう)外務卿(そとつかさきょう)大蔵卿(おおくらきょう)民部卿(みんぶきょう)兵部卿(ひょうぶきょう)刑部卿(ぎょうぶきょう)式部卿(しきぶきょう)の、ぜんぶで七人だね。メインになるのはこんなところかな」


「おばさん……雅のお母さんも、確か典薬頭(てんやくのかみ)だっけ。そのポストについているんだよね?」


「そうだね。細かい役職まで言い出したらキリがないけれど、皐月(さつき)お母さまは典薬寮(てんやくりょう)という部署のトップ、閣下のご典医(てんい)、まあ、主治医って認識でオーケーだけど、そのポストについているんだよ。あのお方が体調を(くず)すなんて、天地がひっくり返ってもありえないんだけれど。ま、ポストなんて結局、形だけなんじゃない?」


「そう、か……ありがとう。もう、じゅうぶんだよ。これ以上知りすぎたら、それこそ何が起こるかわからない」


「その気づかいには感謝するよ、ウツロ」


「『何もしない』か……なんだかむなしい気もするけれど、しかたがないな……」


 そのまま二人は沈黙に入ってしまった。


万城目日和(まきめ ひより)は?」


 南柾樹が突っ込むように言い放った。


「動きを見せたんだろ? その組織ってのもそうだけど、そいつのことも気になる。これから何か、しかけてくる可能性はじゅうぶんにあるだろ。ウツロ、どう思う?」


 万城目日和――


 ウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)に殺害された政治家の娘。


 彼の末期(まつご)述懐(じゅっかい)によれば、ウツロやその兄・アクタとは別に育てられ、暗殺の手ほどきを(ほどこ)されているとのことだった。


 父と兄の死からおよそ半年()ったいま、ついにウツロへ接触を見せた。


 置き手紙のみではあったが、彼女の動きが気になるのが、全員の一致するところだった。


「柾樹、そんな言い方ないんじゃない? ウツロの気持ちも考えてあげてよ」


 似嵐鏡月は万城目日和にとって『父の(かたき)』、その彼を父に持つウツロの心境が複雑なのは明白であるのに、南柾樹の態度が冷たく感じた真田龍子は、そのように制したのだ。


「いや龍子、柾樹の問いかけはもっともだし、とても大事なことなんだ。万城目日和が俺ではなく、俺に関係のあるみんなほうに何か危害を加える可能性だって否定できない。だからこのことは、ちゃんと話しておくべきだと思うんだ」


「ウツロ……」


 真田龍子はウツロがかかえる宿命を(うれ)い、またそれを背負おうとする彼の姿をつらく思った。


「彼女が何かしてきたとき、正直言って、どうすればいいかなんて、俺にもわからない。ただこれだけは言える。俺はどんなことがあろうとも、くもりのないまなざしを持って、彼女と向き合いたい。それだけなんだ。みんな、どうだろうか?」


 ウツロはこのように、自分の心持ちを告白した。


「……龍子のいうとおり、言い方が悪かったな。わりい、ウツロ。お前がきつくなってんじゃねえかって、いらねえ心配をした俺が悪かった。謝るよ」


 それはつまり、ウツロへ話題を振ったのは、彼の心が揺れているのではないかと案じてのことだったのだ。


「いや、柾樹。むしろ気にかけてくれて礼を言うよ。父さんから(たまわ)った言葉、どんなときでも自分を見失ってはならないという心がまえ、それを俺は、絶対に忘れないようにしたいんだ」


「ウツロ……」


 真田龍子はいつも早とちりで、大切な存在を傷つけてしまたったことを恥じた。


 いっぽうで、ウツロが背負ってしまった宿命のあまりの大きさに、心が引き裂かれる思いだった。


「……何度も言うけど。わたしはあなたたちに何もなければ万々歳(ばんばんざい)、それだけだからね」


 龍崎湊はそう言ってビールをあおった。


「この辺にしておきましょうか。これ以上は傷口に塩を()るようなもの。はい、ミーティングは終了。一同、解散」


 星川雅はポンと手を打った。


 食堂の面々は何も言わずに席を立っていく。


「ウツロ、本当に大丈夫?」


「ああ、龍子。心配してくれてありがとう。部屋へ戻って読書でもするよ」


「うん、じゃあね……」


 ウツロは気丈にふるまったが、真田龍子はどこか、遠くなっていく彼の背中が沈んでいるように見え、心のつかえは取れなかった。


   *


 部屋に戻ったウツロは、何か書を手に取ろうとしたが、あまり気分は乗らなかった。


 お得意の思索(しさく)も、いまいち発動しない。


 彼はたわむれに、音楽をかけようと思った。


 そして(ふところ)から、携帯電話の端末を取り出した。


(『第31話 行進曲』へ続く)

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