夜店のお面
俺はフラフラと街を歩いていた。
右手には飲みかけの缶ビール。
ビールをぐいっと飲み干すが、生ぬるいビールはとても不味い……
会社での飲み会の帰り道、部長に散々馬鹿にされ、非常にささくれだった気持ちで街をそぞろ歩く。
とても真っ直ぐ家に帰る気にはならなかった。
道端に置いてあるゴミ箱に、空き缶を叩きつける様に投げ込むが、八つ当たりしても何の意味もない事はわかっている。
怒りが少し収まるとガードレールに腰掛け、夜空を眺めていた。
すると、どこからともなく祭囃子が聞こえてくる。
「夏祭りか……もうそんな季節なんだな」
お囃子の音に誘われる様に、フラフラと音のする方に向かうと夜店が立っていた。
店を見て回ろうと、賑わいの中を歩く。
不思議な光景だった、金魚すくいの金魚は虹色に光り、たこ焼きは中からはみ出たタコの足がウネウネと踊っているし、わたあめなどはフワフワと宙を舞っていた。
客の姿も動物の耳がある子供がいたり、目が三つある若い女性など仮装している人が多い。
「……ちょっとお兄さん……」
呼び止められ、そちらを向くとお面を被った男が手招きをしている。
その声は若いとも老年の声とも聞こえる不思議な声で、ただ顔に狐の面を被っていた。
「あんた……この辺の人じゃないね?」
「ええ、お囃子に誘われてフラフラと……」
「ははあ……なるほどな……時々あるんだよ……せっかくだ、一つどうだい?」
「こちらは……お面ですか」
男の前に置かれた台には、泣き顔、笑い顔、怒り顔……様々な感情をかたどった面があった。
「ああ、みんな素晴らしい表情をしてるだろ?表情が変われば心が変わる、心が変われば行動が変わる、行動が変われば……人生や運命も変わる、そうだろ?」
「はあ……まあ……」
「だったらそんなお面を付けてちゃだめだろ……」
「お面、誰が?」
顔を触ると不思議な事に、確かに自分はお面を付けていた。
「自分じゃ分からんだろうが、酷い面だ」
男が手鏡を渡してくる。
それを覗くと俺の付けているお面は怒りの形相をしていた、しかし目の下には涙の模様が彫ってある。
「そんなお面はここに置いて行きなさい、代わりにこれをやろう」
手渡されたお面は満面の笑顔だった。
「いいかい、表情が人生を変える……忘れない様にな……」
笑顔のお面を見ていると、少し気持ちが晴れやかになった気がした。
「じゃあ……これ、いただこうかな……いくらで……」
代金を払おうと顔を上げた時、そこには誰も居なかった。
あれだけ賑やかだった周りの屋台も無くなり、お囃子も聞こえない……
「……飲みすぎたかな……」
手元を見るとあの笑顔のお面をしっかりと持っている。
「もう少し頑張ってみるか……」
今もお面は部屋に飾ってある。