猫被りは語りたい
「これ知ってる?」
会議室でいつものハツラツな調子で愛川は、手に持っている漫画の表紙を八代に見せる
「『僕たちの春』!最近盛り上がりどころで、ずっとドキドキしちゃうの!」
ニコニコな愛川の相手をする人間は、この場では八代しかおらず八代は作業の手を止める
「あぁそれか。俺も途中までは読んでたな」
「えぇ!意外!!」
「近所の散髪屋に置いてあったんだよ。他のは古かったから仕方なくな」
今でこそまともそうな八代だが、基本自分の趣味に入り浸る彼は俗世の流行に疎く、それを知っている愛川は素っ頓狂で大袈裟なリアクションをとる
けれど意外にも関心が合致した愛川は食い気味に
「ど、どこまで!?」
「えっと、体育祭編だったかな」
「うわぁぁ!今そこの103倍くらい面白いよ!!」
「マジかよ!」
「明日持ってくるよ!」
「マジかよ!?」
胡散臭い謳い文句に乗せられた八代も食い気味に話に乗っていく
会議室は謎の熱気に飲まれていくが
「失礼します」
冷たさすら感じさせる声が開かれた扉から入ってくるが、、
「もちろん!」
「しゃっぁぁー!!」
関係なかった!
異様な熱気に引けをとりながら初瀬は疑問を口にする
「盛り上がってどうしたんですか?」
「これ初瀬さん知ってる?」
体をくるりと回した愛川はさっきと同じように漫画を持って初瀬に笑顔で問いかける
その漫画が目に入った瞬間、初瀬の目の上が密かにピクっと動く
初瀬はそれがバレないためのカモフラージュかのように、優雅に椅子に腰掛ける
「あぁ、少しだけであれば」
けれど本当の事実は彼女しか知らない
悟られてはならない
(最新刊なんて20周は読んでるわ!!)
重度の恋愛物好きということを!
側からすればちっぽけなことでも、当人の初瀬にはその一人歩きしたイメージの崩壊はこれ以上ないほどの恐怖である
(私は『僕春』の知識なら有象無象に負けない自負はあります。けれど!だけど!恋愛には関心がなくて模範生で真面目がこの私!ならばここは静観すべき――)
「恋愛系って無性に読みたくなる時あるよな!」
(じゃなかった!?)
目論見は誰でもない自分とただ一人、八代のため
俗世に疎いはずの八代のイレギュラーな反応に初瀬は軽くパニックになる
(どうする!?今から『実は二十周してまして、、』なんて言えない!でも、でも!好きなものが一緒な方が好感度上がるだろうし!!どっちが正解なの!?)
八代と愛川に背を向けるように座り必死に悩んでいる初瀬には気づかず、愛川はなんでもないように八代に問いかける
「あれ、体育祭編ってもう陸と目黒って絶交してたっけ?」
「なんだそれ?」
また八代は手を止めると持っていたペンが落ちる
明らかな動揺がそこには見えた!
「あ、、」
(し、質問型ネタバレ!!未読の相手に興味をそそらせながら、大事な展開を先告げる拷問!愛川さん、、なんて恐ろしい子、、!)
「な、なんでもないよ!」
「おい!気になるだろ!なんで竹馬の友が急に絶交するんだよ!」
「月光の言い間違いだよ!」
「お前クラシックなんて聞かねぇだろ!」
八代の発散させていた怒りは急に冷め、ネタバレされた内容に落ち込み頭を抱える
「最悪だ、、あいつらだけは仲違いしないと思ってたのに、、」
作中でも、一押しの組み合わせの絶交の悲しみに暮れている八代を見ながら初瀬は心中で叫ぶ
(もう!最新刊で仲直りしたましたよーって言いたいのに!話したいのにぃー!!)
空気の読めない愛川は不器用ながら慰めようと明るい声を出す
「で、でも!ぶっちゃけ人気の組み合わせだし仲直りするんじゃないかな〜〜」
(なんて白々しい!それにメタ的考察とは、、。愛川さんツーアウトよ、、)
冷めた愛川の言葉にさらに肩を落とす八代をみて愛川は話題の転換を試みる
「てか、ぶっちゃけ蒼生くんは誰推し?」
「、、急にどしたよ」
思わぬ変化球に、初瀬の前ということもあってか八代は困惑する
拒ばまない様子と、彼女の好奇心が、恋愛話に火をつける
「ほれほれ!お姉さんに言ってみなさいな」
「う、うーん、、」
悩むそぶりの裏で、八代は――
(はあぁぁ!?なんでこいつは急に厄介なことしてくれんの?馬鹿野郎!)
突如として降りかかった危機に肝を冷やしていた
(ここで初瀬のようなキャラをいうことはできない!できれば後半に出てきたキャラで初瀬が知らないことを願うしか、、)
「、、アユかな」
「うわ!裏表激しい媚び媚びキャラだ!!なに、あんなビッチがいいの?」
(お前は解説の時だけ饒舌になる説明キャラかよ!!)
「ちげぇし、ビッチでもないから!あの強い信念がある感じとか葛藤を抱えながら自分に囚われてる様が応援したくなるっていうか!」
「内面ばっか言ってるけど、どうせ見た目でしょ?髪飾りかわいいもんね〜面食い乙!」
嫌味っぽくやれやれと言ったジェスチャーで言う愛川に、八代はストレスを吐き出すように呟く
「お前がつけたところで可愛くならねーよ」
「最っ低!!」
らしくない八代の軽口にショックを受けた愛川はギャイギャイと文句を並べていくが、急場を凌いだこの隙を八代は見逃さない
「で、逆にお前はどうなんだ?」
「う、、」
さっきまでの騒がしさは急になりを潜め、口をすぼめ、大きく目を見開く愛川は罰が悪そうにしながら
「そ、そうだなー。まぁ陸は好きだけど――」
「はっ!ミーハーか?」
「だ・け・ど!直己が一番かな、、!」
意外なチョイスに初瀬は耳を疑った
(直己!?最初の頃はただのモブだったけど急遽レギュラー化して汎用性の高さからカプ厨に大絶賛されているあの直己!?)
初瀬はテーブルに肘をつけ腕も組む
(もしや愛川さん、こちら(オタク)側??)
なぜか好きなキャラの説明のはずなのに恥ずかしそうにしている愛川は自分の顔の輪郭を手で覆いながら
「どっちかっていうと悪い人みたいな登場だったけど実はいい人だったみたいなギャップがいいっていうか!」
(うんうん。あの直己が自分を犠牲にして好きな子を応援するシーンはティッシュ二箱は必要よね。さすがわかってるわね。マイシスター)
愛川たちに背中を向け頷きながら、共有できる喜びを噛み締める初瀬
「確かにあのシーンは感動的だよな。直己の描写が多いせいで俺たちまであのカップルを応援したくなるっていうか。俺のイチオシのカップルだったな、、」
「だよね!まぁそのカップルも別れたけどね〜」
「!?!?!?」
「あ!ごめ――」
再び不意打ちを喰らった八代は、あまりのショックにフリーズを起こす!
一瞬のうちに脳内で先程の会話が走馬灯のように流れる
推しの幸せな姿に想いを巡らせていたところにきた悲報な号外に八代は――
「絶交、破局、絶交、破局、絶交、破局、絶交、破局、絶交、破局、絶交、破局」
脳が破壊された!
「蒼生くん!?大変、誰かー!お客様の中に二次創作をお持ちの方はいませんか!」
「ニジ、ソウ、、サク?」
壊れた機械みたく片言の八代に、説明を続ける
「ファンが作った物語のこと!本編とは関係ないから幸せな二人を見れるはずだよ!」
「ドコ、、カウ」
「えっと、ちょっと専門的なお店になるかもだけど、、後で教えるよ!」
「マジかよ!?」
すっかり元気を取り戻した八代は興味深そうに言葉を漏らす
「人気作だと、そういうものもできるんだな」
「そうだねー。まぁ中には欲望の吐口として作品を使ってるのもあるけどね、、」
「そんなのあるのか」
「そりゃそうよ!過激さに舵切りすぎて原作設定無視してたりすると、なんかな〜ってなるよね」
(戦争よ?)
初瀬は、自分の背中側のやけに遠くから聞こえるその声の主、愛川を睨みつける。
「それにね!原作無視のその、、ちょっと過激なやつとかあって!激しすぎて、読んでる人ちょっと、、その、怖いなーみたいな」
(グハッッ!)
「私には考えられないっていうか!」
(ブファァ!!)
ほぼ瀕死の初瀬は震える手でペンを持とうとするが、おぼつかない
「そんな過激なのか、、」
「うん」
「それは、、ちょっと嫌かもな、、」
『嫌かもな』『嫌かもな』『嫌かもな』『嫌かもな』
鮮明に八代の声が初瀬の脳内で反芻される
結果――!
「ワタシ、カエリマス」
初瀬の脳も破壊された!
「え!もう帰るの?」
「ハイ」
あまりにらしくない機械的な動きに不信そうにしながら愛川は出ていくその背中を見届ける
「どうしたんだろ?ってかもうそんな時間なのかな、、って!Twitterの通知見たら
その二次創作でも破局エンド!?」
「!?!?!?」
「それに伴う活動終了、、か強引にまとめた結果なのかなって蒼生くん!?」
二人だけの会議室で、静かに八代は机に突っ伏している
「大変!口から泡が!!誰か!誰かー!!」