猫被りは逃げ出したい
「うんうん!いい暗さだね!」
見回りも残すところこの階だけとなり、時間経過でより暗くなった校舎に愛川の楽しそうな声が響く。
「別に手分けしてよかったのに、、」
「だめだよ!もし襲われたらどうするの!」
顔を近づけ、注意するように指差す愛川に初瀬は困り顔を浮かべる。
「は、はぁ、、」
すると急に愛川は振り返り、八代の方も見る。
おどろおどろしい表情と共に大声を出す。
「蒼生くん、後ろ!!!」
「うわぁ!?」
八代は頭を抑え、腰を曲げて振り返るが、そこはただの暗闇だった。
「ブワハハハ!ウッッソー!!」
(この野郎!!)
恐ろしさで膝が笑っているが、精一杯泳いだ目で愛川を睨む。
「ビビりすぎだよ!かわええなぁ!」
はしゃぐ愛川に呆れた声をかけるのは初瀬。
「業務中ですよ。あと、いじらないの愛川さん」
最後に初瀬は愛川の頭にチョップを入れる。
「はい、、すいません」
それから順に教室を見ていくが、戸締まりはしっかりとしていて特に問題はない。
その間、愛川は何も言わずに反省の色を見せている。
また次の教室の確認が終わった頃、久しぶりに愛川が口を開く。
「あ、ごめん。靴紐が解けたから先行ってて」
言われた通り、八代と初瀬は並んで先を行く。
初瀬は高揚を抑えながら、話しかける。
「八代くん、大丈夫ですか?」
「あぁ、さっきは心臓が止まりかけたがな」
小さく上品に初瀬は笑う。
「あれはしょうがないですよ。ほんと愛川さんも趣味が悪いんですから」
小話をしていると、残りの教室はこの階の最後の教室だけとなった。
「あれ、開いてますね」
扉に手をかけた初瀬は声を漏らす
息を吸って、透明な声を響かせる。
「すいません、誰かいますか?」
暗闇の中から返る言葉は無く、物静かだ。
「まったく、、施錠ミスですか。まぁ、こう言う時のためにやってるのでいいですが」
持ってきていた鍵で扉の施錠を試みる初瀬。
少し手間取ったのちに鍵をかける。
「ここは施錠しにくいですね。ってあれ八代くん顔色が、、」
「ぜ、全然全然!?平気だけど!?」
「だから別に強がらないでも、、」
「キャーーー!」
暗闇から聴き慣れた声がする。
悲痛な叫び声が反響した。
「あ、あれ。今のって、、」
「愛川だよな」
二人は顔を見合わせどうしたものかと悩む
(やばくね?もう愛川捨てて帰ろうぜマジで)
、、初瀬の一人だけが悩んでいた。
「もう、ほんと悪趣味な」
また初瀬は息を吸って大きな声を暗闇に向け、出す。
「ほら、びっくりしたから戻ってきてください!」
これもまた返る言葉はない。
「もう私たち下の階行きますからね!」
言って初瀬は階段に向かうため、八代も急いで追いかける。
階段の手前で並んで、階段を降りる。
暗闇の中恐る恐る進む。
するとより濃い影が飛び出してきた
「ワァアァァ!!」
「「きゃぁぁぁぁ!!」」
初瀬と八代は互いの肩強く掴んで叫ぶ。
「ははは!二人ともビビりすぎだって!!」
瞬間、ノータイムで愛川の頬に八代の腕が伸びる。
八代は大きな両手で愛川の顔を手荒に引き伸ばす。
「痛い痛い痛い!!」
そんな騒がしさの中、ただ一人だけは静かであった。
(え、、え、えー!?)
初瀬は呼吸を荒げながら自分の腕を抱く。
(さ、さっき私、八代くんと!?はぁはぁ、、落ち着きなさい初瀬優姫!グヘヘ、、だめよ!だらしない顔なんてしちゃ!!、、でも思いのほかがっしりしてて、、、)
けれど体をくねらせて顔を赤らめていた。
「ほんといい加減にしろよな」
攻撃の手から解放された愛川はだいぶ疲弊している
「ごめんって蒼生くん。初瀬さんも。アイス奢るから!」
「ハーゲンダッツな?」
「う、うぅ。目が本気だ、、」
それから仕事を終え三人は、道沿いのコンビニに立ち寄った。
「はい、蒼生くん初瀬さんごめんね?これで許して!」
渡されたアイスを二人は受け取る。
「まぁこれで許してやる。二度とすんなよ」
まだ八代の怒りは完全に消えていないようだ
一方で、あれからずっと無言で顔を伏せている初瀬は愛川の袖を引っ張ると、何かを渡す。
「何?ってプリンじゃん!!いいの?」
初瀬はコクコクと小さく頷く。
その真意を考えずに愛川はただ嬉しそうに受け取るばかりだった。
「それにしても録音なんていつやったんだよ」
追加で奢らせたコーヒーを飲みながら八代が尋ねると、愛川はキョトンとして
「え、なんのこと?」
夜の街に、男子高校生の悲鳴が響いた。