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君に捧ぐ、女郎花と夏の記憶  作者: 市川甲斐
1 冷たい世界
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(1)

 深い緑に覆われた山の上には、真っ青な空に大きな入道雲が現れていた。


 お盆より1週間ほど前の中央道は、土曜日の午後ではあったが意外と交通量は多くない。斎木さいき清太せいたは、久々の長距離ドライブを楽しんでいた。愛車は、昨年末のボーナスを頭金にして買った中古のシルバーのセダン。年式は8年ほど落ちているが、ターボを搭載したハイパワーモデルのエンジンはまだまだ快調で、アクセルを踏んでいく度に心地よいマフラーの低い音とともに、シートに背中が押し付けられるような加速が感じられる。


 車内では、スピーカーから流れてくる男性アーティストの声が、その広い音域で壮大な曲を歌いあげていた。流石に、その歌声と同じように歌うことはできないものの、思わずそのメロディーを口ずさんでしまうほど今日は気分が良い。


(久々だな。1週間の休みなんて)


 前にまとまった休みを取ったのは年末年始だっただろうか。それから半年以上は経っているが、8月上旬のこの時期にまとまった休みを取ることができるのはありがたい。大学院を卒業し、東京郊外にある小型電子部品を製造する会社の研究所に勤め始めてまだ2年目。研究が中心のため、ある程度自分のペースで進められるのと、会社もまとまった休暇を取るように奨励していて、上司も同僚も同じように一定期間の休みを交替で取っているため、1週間の休みを取っても後ろ暗い気持ちは全くない。


 ただ、問題は何の計画も立てられないままにその休みに突入してしまったことだ。


(とりあえず、実家に帰ってから、どこかに行くのを考えよう)


 それだけ決めてから、会社が社宅として借り上げているマンションを昼前に出発し、中央道に乗ってから既に1時間ほどが経っていた。追い越し車線から走行車線に戻り、ふと隣の助手席にチラッと視線を動かす。しかし、そこには誰の姿もない。


 そこに誰かに座って欲しいとは思う。ただ、会社の同期や先輩に合コンに連れていかれた時でも、どうにも話が弾まない。だから周囲からも、以前よりも誘われなくなってきた気もする。それに、研究所という職業柄もあって、人間関係が広がるような場面が少ないので、女性との出会いの機会もほとんどない。その結果、休日はこの車を一人で乗り回して遠出することがほとんどいつものパターンだ。


 車は、山の間をすり抜けるように造られている中央道を西に向かって快調に進んでいく。眠気覚ましにミントの効いたガムを口に入れると、爽やかな香りが広がり、頭もスッキリとした。清太は再び追い越し車線に変更してアクセルを踏み込む。道路はかなりの坂道に差し掛かっていたが、この車はアクセルを踏んだ分だけ加速していくのが気持ちいい。坂が終わると笹子トンネルだ。そこを抜ければ、もう30分もかからず実家に着く。

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