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君に捧ぐ、女郎花と夏の記憶  作者: 市川甲斐
2 大きな世界
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〈7月13日〉④

 その日は結局、家に帰って昼ご飯を食べてから、午後から畑の手伝いに呼ばれ、夕方まで作業を手伝った。高温の中での収穫・運搬作業は部活以上に過酷かもしれない。


 夕飯の頃には全身がクタクタになっていた。しかし、同じく畑にいた祖父母は何事もなかったかのように食べているし、父は缶ビールを片手に、母の作った生姜焼きをつまんでいる。母も平然とした様子で清太のご飯を運んできた。こんな大変な仕事を毎日やっているのだと思うと、本当に祖父母や両親に頭が下がる気がした。


 いただきます、と言って食べ始めてからしばらくして父が言った。


「今日はよく働いてくれたな。また明日も頼むぞ」


 アルコールでやや赤くなった顔をして、隣から父が楽しそうに言う。改めて、その恰幅の良い体を見て、ハッとした。


(父さん……)


 その姿を思わず見つめる。父はやや太り気味だが体は丈夫で、昔から風邪などで調子が悪い姿をほとんど見たことがない健康体だ。すると母が父の方を横目で見て言った。


「そうね。明日は直売の方で頑張ってもらわなくちゃね。あっ、そうそう。晴代さんが言ってたけど、明日は結羽ちゃんも来るみたいよ」


 母に言われてドキッとした。


「そ、そう……」


「うん。それでね。ちょっと思ったんだけど」


 母は安那の方を向いた。


「ねえ、安那。今度、結羽ちゃんに家庭教師をしてもらったらどう?」


 母の言葉にハッとした。急に振られた安那の方は、口に入っていたものを呑み込んでから答える。


「結羽さんに……?」


「そうよ。確か、結羽ちゃんは何も部活やっていないんでしょう? だったら安那の家庭教師をしてもらったらいいんじゃないかと思って。あんた、この前の模試が悪くて落ち込んでたじゃないの」


「そんなことないけど……まあ、でも結羽さんならいいかも」


 安那はいま中学3年生だ。6月の大会で陸上部を引退してから本格的に受験勉強をしているらしいが、この辺りは田舎なので学習塾などがなく、親が甲府市内にある学習塾まで送迎することも普通だ。それに比べると、家庭教師に来てもらう方が親の負担は少ない。それに、安那は以前から結羽の事を良く知っている。二人ともそれぞれの母に連れられて昔から組合のイベントにもよく参加していて、年齢も1つ違いで近いこともあり、仲の良い友人の一人なのだ。


「だったら、明日の組合のイベントの時に、晴代さんにも話してみるわ。お父さんもいい?」


「ああ。あの子は香南高校でもかなり頭がいいんだろう? 智治も高校の頃はかなりできた方だったからな。まあ、俺が出来なさ過ぎたのもあるけどな」


 父はそう言って、ハッハッハと大声で笑った。母は呆れ顔で父を見てから苦笑していたが、清太はふと思い出したように父に尋ねた。


「あのさ。結羽のお父さんは、今でも金融部長なんだっけ?」


「ああ、そうだ。もう1年くらいになるかな。それがどうかしたか?」


「い、いや……そういう仕事って、大変なのかな」


「まあ、そうだろうな。カネの話は昔からいろいろあるからな。だけど、アイツに替わってから、預金集めや保険の販売だけじゃなく、組合員にもしっかり融資してくれるようになってるのは確かだ。理事長が仕組みを整えたからだとアイツは言うが、智治みたいな奴が現場を仕切ってくれるからうまく回り出したんだろう」


「本当よね。前より楽になったっていう話は多いよね。後継者が戻ってきたっていう話もよく聞くし」


「そうだな。だから、最近の理事会でも組合員に対する支援について、俺は毎回評価してやってるぞ」


 ビールを一口飲んで、真面目な顔で父が言った。清太も「ふうん」と言いながらご飯を食べた。


(変わっていないのか……)


 結羽の父である智治が金融部長であることは前から知っている。今は違う部署に異動していないかと思ったのだが、やはり変わっていないらしい。


 父から前に聞いたことがあるが、智治は元々、隣町の農家の息子だったが、まだ学生時代に両親を事故で失った。そのため、とても優秀だったが、大学には進学せず、組合に就職したらしい。実際、人柄も良く、清太にも気軽に話しかけてくれるような人間だ。


(まさか……な)


 智治の姿を思い浮かべながらそう考えていた時、父が思い出したように言った。


「そうそう、篤子。お前、久しぶりに花火でも見に行くか?」


「花火? 市山の花火大会のこと?」


「そうだ。理事長が奥さんと見に行こうと思って有料席のチケットを買っていたそうなんだが、その日がちょうどお孫さんのピアノの発表会と重なったらしくてな。孫からどうしても来て欲しいと言われたみたいで、チケットを誰かに譲りたいらしいんだ」


「8月初めよね……。毎年、見に行きたいと思ってはいるけど、収穫作業の進み具合かな。忙しいと面倒になっちゃうのよね」


「それって、2人分のチケットってこと?」


 清太は思わず話に割って入る。父は缶ビールの残りを飲み干してこちらを向いた。


「そうだが、どうしたんだ?」


「いや……まあ、貰っておけば」


「貰う訳じゃない。ペアシートで良い席だから、正規の値段で買うんだ。買うからには行かないともったいないからな」


「そうだけど……買ったらいいよ」


「何それ。まるで、あんたが欲しそうな言い方ねえ。まさか、一緒に行く相手でもいるの?」


 母が笑いながら尋ねてくる。清太は慌てて「そんなことないけど」と首を振る。


「まあ、清太が畑仕事を手伝ってくれれば、行けるようになるかもね」


 母はこちらを向いて笑顔で言った。「そうだな。じゃあ頼むぞ」と父も続けて、背中をバシンと叩いてきた。

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