2話 逃亡者
湿気がほしくてすみません。以後気を付けます。
この星の惹かれあう男女は尊いので仕方ありません。すみません。
二人は馬に乗り、街道をゆっくりと進んでいた。貴族としては馬車に乗っていく方が格好がつくのだろうが、それには無駄な金がかかってしまう。そのためストックライン男爵家には手入れのされていないボロ馬車しかなく、二人は普段から直接乗馬して移動していた。
「というか、態々馬で移動する必要はないんじゃないですかね。ご主人様なら何の苦も無く王都に移動できる筈ですし」
「一応だよ。向こうがどんな情報網を持っているのかわからないんだから、目立つ行動は避けるべきだ」
「無意味な気がしますけど…」
そう言いつつも、不思議なことにマイラはずっと機嫌が良いらしく、イルは不思議に思う。国境際にあるストックライン領からでも、馬に乗れば一日ほどで行けてしまうほどにこのスザック王国は小さかった。かと言って今日中に到着するような距離でもないので、二人は別段急ぐ様子もなく馬を走らせていたのであった。
「あれ、クコルじゃないですかね?結構美味しいんですよ」
「花より団子だよねマイラは」
「花も好きですけど、あんまり綺麗な花を知ってると他の花は正直見劣りして見えますから」
マイラの視線の先には、ころころと丸まったベージュの小動物が居た。イルには愛玩動物に見えるのだが、マイラにとってはそうではないらしく、憐れなクコルは今日の夕飯になるさだめを背負っている。
「【凍てよ御霊】」
マイラの声に合わせて、クコルは凍り付いたように動きを止める。馬から降りたマイラはそれを鷲掴みにして持ち帰ってきた。マイラもイル同様に親のない孤児だったが、イル以上にギリギリの生活をしていたため食に対する意識が全く違っていた。
「結構大きいですね。これなら今晩は結構豪勢なものが作れそうです。さっさと血抜きしちゃいましょう」
言うが早いかマイラはクコルの喉笛をナイフで掻き切った。滝のような鮮血が噴き出し、硬直したようなクコルの瞳から光が失われていく。
「マイラはすごいよね…」
「私は慣れてますからね」
あっという間にクコルの皮が剥がされ、見慣れた肉塊の姿になった。ここまでくるとイルにもおいしそうに見えてきたのが、なんとも罪深い事のように思えた。
「そろそろお昼にしましょう」
「そうだね…」
既にマイラは、ナイフで肉をそぎ落とし、鍋の中に入れ始めていた。枝を集め、イルの魔法で火をつけると鍋に入れた肉がジュウジュウと音を立て、薄いきつね色に滲んだ油がてらてらと光っていた。
「何とも言えない気分になるよ」
クコルの肉は柔らかく美味しかったが、それが尚更イルには悲しく思えた。野外での食事で肉を食べたのは干し肉ばかりだったので、こうした経験は初めてだった。
「やっぱり私の知る限りでは一番おいしいですね!!」
マイラは全く気にすることなく食べていたが。
食事を終えた後、すぐに二人は王都へ向けて移動した。日が暮れると適当な木にハンモックを吊るして、その上で眠った。荷物が多くなるので一枚しか持ってきていないが、地べたで寝ようとするイルをマイラは当然のようにハンモックへ連行した。
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「見えてきましたね」
「思ったほど大きくないね」
「スザックですし」
王都には当然のように衛兵が門の前にいたが、ほぼ素通り状態で心配になるほどだった。門をくぐれば、石造りの街並みが二人を出迎える。特に興味を引くものも見当たらず、二人はまっすぐ王宮への道を進んでいった。
「いよいよですね」
「魔法も発動できるように準備しておこう。きっと良くないことになる」
見えてきた王宮の門扉に、イルは気を引き締める。対照的にマイラは緊張感を全く感じさせない、自然体だった。それはイルに対する信頼の表れでもあることが伺え、より一層イルは決意を固めた。なんとしても二人とも無事で帰ろうと。
「イル・ストックラインだ、国王陛下の召喚に応じて参上した」
「お待ちしておりました。直ぐに案内します」
たかが辺境の弱小領主が、訪ねてすぐに国王に会えるはずがない。これはもうほぼ間違いなく、逃げることになるだろう。イルはこっそりと、魔法を起動した。
「侍女は控えさせた方が良いか?」
「いえ、御付きの方もどうぞ」
この瞬間、逆に二人の緊張は緩んだ。これで逃げ出すことが確定したからだ。イルが視線で『自分から離れるな』と合図を送ると、マイラもしっかりと視線を返す。
「イル・ストックライン、国王陛下の召喚より、ただいま参上いたしました」
玉座の間に着くや否や、イルは国王の眼前で跪いた。
「面を上げよ」
イルはゆっくりと顔を上げる。30程だろうか、若い王だった。プラチナブロンドの髪に黄金の冠を備え、尊大にもひじ掛けにもたれかかっていた。
「此度お前を呼び出したのは、魔道研究所の室長が急逝したために、新たな室長としてお前の名が挙がったからだ。そしてお前の従者にも、治癒院から要請が来ている」
「…」
イルは答えなかった。やや後ろで跪いているマイラも同様に、言葉を発しない。
これはイルが考える限り最悪のパターンだ。魔道研究員は魔術の暴発を防ぐため、空間内の幻を清浄化する吸幻石が配置されている。
というのは建前であり、実際は実験対象の反逆を防ぐためだ。魔道研究所の室長というのは、つまるところ体のいい実験台である。複合属性や稀少魔法の使い手、特殊な固有能力を持つ人間の研究を行うための機関で、人間としての扱いを受けることは期待できないだろう。
「どうだ、引き受けてくれるか?」
当然、吸幻石はこの玉座の間にも張り巡らされている。国王の要請を断れば、その場で衛兵たちが二人を取り囲んで拘束するだろう。
イルは国王としっかり目を合わせた。其の上で
「お断りします」
イルは覆い被さるようにマイラに抱き着き、転がりながら飛び跳ねて後ろの兵士を超えて着地した。
「僕らは北に向かうので、追いかけてこないで下さいね。それではさようなら」
「追え、必ず捕らえて俺の前に連れて来い」
王の声を聞いて兵士たちは、はっとしたように二人に押し寄せる。しかし、宙を滑るように、時には泳ぐように逃走するイル・ストックラインには指一本触れることができない。
「詠唱はしないでね、攻撃すると手配の口実を作ってしまうから」
「今更だと思いますけどね。国家反逆罪とか適当な事言われるんじゃないですか?【凍てよ御霊】」
イルがマイラを横抱きにした途端、マイラは後ろを向いて視界内の兵士を麻痺させた。突然金縛りにあったように硬直した兵士に、後方の兵士たちも雪崩のように押し寄せて倒れていく。
「あーあ、僕ら犯罪者だよ?」
「いいじゃないですか逃避行、二人で逃げ隠れる生活も悪くなさそうですし」
腕の中で、普段とは違う雰囲気をまとったマイラに、イルはドキリとした。それを表に出さないため誤魔化すように、イルは魔法を発動させる。
「飛ぶよ」
イルが地を蹴ると、まるで世界が重力を失ったかのように、二人は空へと駆け上がった。
「僕に固有能力があったら、逃げ回ることも無いのかな?」
「今でも十分逃げ回る必要は無いと思いますし、大丈夫ですよ。それに、固有能力はいずれ必ず目覚めます。固有能力を得ないまま寿命を迎えた魔法使いはいませんから」
空中散歩をする二人は、雲の上程の高さまで登っていた。しかし、全くそれに恐怖する様子はない。ただ和やかな会話をしながら、空を逃げていく。漂う雲が二人に挨拶するように、取り囲んでは離れていった。
この世界の仕様については後々説明します。説明回が入るかもしれないです。tipsとかもいいかも?