赦しの言葉と罪悪感
お久しぶりです。
またまた開いてすみません。
よろしくお願いします。
「……おはよう。早いな」
ふとかけられた声に、握っていた包丁を置いて深呼吸する。
振り返るのに勇気が必要だった。どんな顔をすればいいのか、どんな話をすればいいのか、昨夜遅くまで考えていたけれど、考えたこと全てクリストフ様の声を聞いた途端に飛んでしまった。それでも応えなければおかしく思われるだろう。諦めて笑顔を作りながら振り返った。
「クリストフ様こそ早いですね。まだ朝食の準備ができてないんです。座って待ってもらっていてもいいですか?」
「いや、俺も手伝う。何をすればいい?」
台所の入口からスタスタと、迷いのない足取りでクリストフ様は私の前へ来た。私と視線を外すように、私の手元を見ている。その様子が私を嫌いになったように見えて背筋が寒くなった。
自分の思い込みが作り出した不安だとわかっている。わかっているのに、その不安に振り回されて、目の奥がつんと痛くなった。このままクリストフ様と一緒にいたらみっともないところを見せてしまう。見られていないのをいいことに、慌てて何度も瞬きをして浮かびそうな涙を誤魔化した。
「……独りでできますから。待っていてください」
「二人の方が早いだろう。それに、出かける前に少しでもいいから話をしたいんだ。俺にもやらせてくれ」
「……わかりました」
そこまで言われたら断れない。後は必要最低限のやり取りだけして、気まずい準備を終えたのだった。
だけど、話したいと言ったクリストフ様の言葉に間違いはなかった。朝食を食べ始めるや否や、クリストフ様はぽつりと言った。
「……全部、読んだ」
「……そうですか」
それしか言えなかった。内容からして話が弾むとも思えないし、無理に話そうと思えば思うほど言葉が喉に張り付いて声にならない。そこで途切れた言葉をクリストフ様が拾うことなく、しばらく沈黙が続いた。その永遠に続くかのような気まずい空気を誤魔化すように、食器とフォークがぶつかる音や咀嚼の音が響く。その沈黙を破ったのはまたもやクリストフ様だった。
「……俺が話したいと言ったのに、お前の言葉を待つのは卑怯だよな。だが、正直何と言っていいのかわからなかったんだ。どう言ってもお前を傷つけることには変わりないんだろうとは思う。それでも……」
「クリストフ様は優しいですね。いいんです、あなたなら何を言っても。お母様と私は、あなたからいろいろなものを奪ってしまったんです。本当に申し訳ありませんでした」
謝ることができたと、心が軽くなった直後に押し寄せる罪悪感。私がこう言えばクリストフ様は赦してくれるだろうと期待してしまうから。
「お前は悪くない」
──ほら。そんな優しい言葉で赦してくれる。
期待通りにはなったけれど、気は晴れなかった。結局は言葉の問題ではなく、受け止める私の問題なのだろう。私自身が自分が悪いと知っているから、言葉通りに受け取ることができない。それでも俯き加減で精一杯口角を上げた。
「……ありがとうございます」
「……思ってもないくせに、礼なんか言うな。お前らしくない」
私らしいとはどういうことか、そんな疑問が頭を過ったけれど、無視をした。今大切なことはそんなことじゃない。私はちゃんとクリストフ様に説明する責任がある。こうしてクリストフ様がきっかけをくれたのだから果たさなければならない。
「読んでわかったと思いますが、レナーテ様とクリストフ様のお父様は結婚して、クリストフ様と三人で家族になるはずだったそうです。ですが……レナーテ様に起こったことが原因でそれが叶わなくなってしまった……。お母様が、何を思って私とクリストフ様を結婚させようと思ったのかはわかりません。それでも、これだけはわかります。あなたはただ私たちの事情に巻き込まれただけだと。本当に申し訳ありませんでした」
「だからお前は悪くないと……」
「いえ、私も悪いんです」
またもや私を庇おうとするクリストフ様の言葉をきっぱりと遮った。流されるまま結婚を決めた私にも問題がある。思い返せば、クリストフ様はそれでいいのかと聞いてくれていたような気がする。それでも私はお母様が正しいと、自分で考えることを放棄してきたのだ。
それに、ここから話すことは手記に記されていない、お母様の言葉。口にするのは辛いし怖い。それでも、ちゃんとクリストフ様と向き合うためにも必要なことだと思うから、顔を上げてクリストフ様を見据えると勇気を振り絞るように強く拳を握った。
「……ここからは直接お母様から聞いたことです。レナーテ様を殺したのは、私の本当の父親だそうです」
クリストフ様の目が見開かれた。そこに表れている感情が驚きだけであればいい、そう願いながら続ける。
「私の本当の父親は貴族でしたが、お母様とレナーテ様を間違えて乱暴し、そのことでお母様を脅していたそうです。そのことでお母様がその貴族の家に抗議した結果廃嫡になり、そのことを恨みに思ってあの日お母様をナイフで襲おうとしてレナーテ様が刺され、そのレナーテ様が私の本当の父親を差し違えて殺した。それが真相だと。
それに、お母様はこうも言ったんです。あの日レナーテ様が護衛を遠ざけた。きっと襲われることを知っていて死ぬためにそうしたんだろうと──私の存在が、レナーテ様をそこまで苦しめてしまったんです」
読んでくださってありがとうございます。




